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検索語: キリスト

20件の記事が見つかりました

満ち足りた生涯の力

使徒パウロは、死を、いつ襲いかかってくるか分からない予測不能の敵とは見ていませんでした。突然の事故や不治の病におびえて生きることもありませんでした。彼はこの世を去ることを、自分で選び取るものとして語ったのです。 ローマの獄中から、彼は二つの道を秤にかけました。 「わたしは、これら二つのものの間に板ばさみになっている。わたしの願いを言えば、この世を去ってキリストと共にいることであり、その方がはるかに...

神は一語まで選ばれた

わたしたちはしばしば、聖書を大まかな思想の集まりのように扱ってしまいます。神は大筋を示されたけれども、細かい言い回しは人間の書き手に委ねられたのだろう、と。けれども、聖書を書いた人々自身は、そのようには考えていませんでした。彼らは、神が一語一語、一文字に至るまで霊感を与えられたと信じていたのです。 これが、いわゆる完全霊感の教理です。聖霊が、本文のことばそのものを導かれた、ということです。 使徒パ...

もう、着いています

見知らぬ国を、長い時間かけて車で走っていると想像してみてください。体は疲れ、肩には力が入り、目は宿を探しています。曲がるところを間違えたのではないか——そう思ってはカーナビを確かめ、また確かめる。体の緊張はじわじわと高まっていきます。ところがふと顔を上げると、宿はすぐ目の前にあるのです。車はもう、その車寄せに止まっている。着いていたのです。 その瞬間、こわばりがすっと抜けていきます。探すのをやめ、...

聖書は「考えすぎ」に何と言うか

頭が止まってくれません。夜、床に入ると、思いの群れが口々に叫び出します。交わした会話を何度も巻き戻し、まだ起きてもいない災いを予行演習し、存在してもいない問題を解こうとする。そして止めようとすればするほど、頭の中の音量は上がっていきます。 聖書には、この状態を指す言葉があります。いいえ、二つあります。 ギリシャ語の (メリムナオー) μεριμνάω — 「いくつにも分けられる」。十の方向へ引き裂...

恵みが悔い改めを生む

律法主義の説教は、圧力と脅しを頼りにします。要求すれば従うようになる、という前提です。けれども人の性は、その反対を証ししています。外から押しつけられた規則は、服従よりもむしろ反発を呼び起こすのです。 心の本当の変化は、値なしに与えられる神の恵みが示されるときに起こります。 「それとも、神の慈愛があなたを悔改めに導くことを知らないで、その慈愛と忍耐と寛容との富を軽んじるのか。」 ローマ人への手紙 2...

神はあなたの祈りも等しく聞かれます

シナイ山で、イスラエルは仲立ちをする人を求めました。 神が山の上に降られ、人々はそのふもとに立っていました。けれども彼らは、自分から近づこうとせず、モーセを前に押し出したのです。 「あなたがわたしたちに語ってください。わたしたちは聞きます。神がわたしたちに語られぬようにしてください。それでなければ、わたしたちは死ぬでしょう」 出エジプト記 20:19 (口語訳) この本能は、今も私たちから離れてい...

あなたは小さな人生のために造られていません

多くの人は、日々を仕事と用事と、たまの休みの繰り返しのように過ごしています。けれども神は、あなたのために、それとは別の計画を用意しておられます。 あなたは、生まれるより前から定まり、一生の長さでは収まりきらない使命を負っています。 パウロは、神の夢をこう描いています。 「それは、キリスト・イエスにあってわたしたちに賜わった慈愛による神の恵みの絶大な富を、きたるべき世々に示すためであった。」エペソ人...

孤独に、聖書はどう答えるか

人でいっぱいの部屋にいながら、ひとりだと感じることがあります。人の行き交うオフィス、席の埋まった礼拝堂、家族が囲む食卓。それでも、隣の席だけがぽっかり空いているように思えるのです。孤独は、まわりに何人いるかで決まるものではありません。いま自分が立っている場所と、自分が本当に知られていると感じられる場所との、その隔たりのことなのです。 聖書はこの主題を避けません。詩篇にも、預言者の書にも、主イエスの...

この約束は携挙の話ではありません

約束を読み違えた時制で受け取ると、しまい込む引き出しまで間違えてしまいます。 多くの信者が、ローマ人への手紙 8:11 でそれをしています。読んで、一瞬希望がわいて、それからその約束をまるごと未来へ押しやってしまう。「それは携挙のときの話でしょう」と。こうして、この御言葉は「いつの日か」と書かれた引き出しに眠り、火曜日の現実には指一本触れないままになります。 けれども、この節をよく見てください。...

栄光へと導かれて

私たちは罪を、規則を破ること、悪い行いをすることだと考えがちです。けれども聖書は罪を、神の栄光に達しないことと語ります。それは行いの失敗である以前に、立場の喪失であり、住む場所の喪失なのです。 ですから救いとは、あなたを地獄から遠ざけるだけのものではありません。あなたを栄光へと連れ戻すことなのです。 「そもそも、万物の帰すべきかた、万物を造られたかたが、多くの子らを栄光に導くのに、彼らの救の君を、...

創世記五章に隠された福音

創世記五章は、名前と数字が並ぶだけの、そっけない一覧のように見えます。アダムからノアまで、十の世代が記されているだけの章です。多くの読者は、洪水の物語に早く進みたくて、ここを読み飛ばしてしまいます。 けれども神は、この系図の中に一つのメッセージを隠しておられました。 ヘブライ語 (ʿivrit) עִבְרִית — 「ヘブライ語」では、名前そのものが意味を持っています。この十人の父祖たちの名を、...

はがされた恥 — 主が着せてくださる衣

古代の戦において、王家の上着は、その人の身分と権威と、これから歩む未来とを語るものでした。ダビデがゴリアテを討ち取り、敵の首を手にして王の前に立ったとき、イスラエルの王子ヨナタンは、ためらうことなく、思い切ったことをします。 「ヨナタンは自分が着ていた上着を脱いでダビデに与えた。またそのいくさ衣、およびつるぎ、弓、帯までも、そうした。」サムエル記上 18:4 (口語訳) ヨナタンは、自分の身分を表...

王の証印の下に

聖書において、油はただの調味料ではありません。それは聖霊と、その力を指し示すしるしです。 ヤコブの手紙には、病んでいる人に油を注いで祈る場面があります。癒すのは油そのものではありません。その油が指し示している、御霊の力です。 けれども御霊は、癒すだけのお方ではありません。守ってくださるお方でもあります。聖書はこう語ります。 「あなたがたもまた、キリストにあって、真理の言葉、すなわち、あなたがたの救...

造るには御言葉、あがなうには血

創造が神にとってどれほどの代価であったかを、少し考えてみてください。 神は、ひと言で光を造られました。 「神は『光あれ』と言われた。すると光があった。」創世記 1:3 (口語訳) 星も、海も、山々も、銀河も——すべて同じでした。神が語られると、そのとおりに立ちました。 「主が仰せられると、そのようになり、命じられると、堅く立ったからである。」詩篇 33:9 (口語訳) 骨折りもなく、代価もなく、犠...

神はわたしに失望しているのか

また、やってしまいました。そのとき真っ先に心をよぎったのは、失敗そのもののことではありませんでした。神のことでした。「きっと、神はわたしに失望しておられる」。 この一言は、信じる者なら誰しも、どこかの時点で胸の奥に抱えるものです。無神論者の堂々とした反論でもなく、神学者の議論でもありません。声に出さず、ひとりでしまい込んでおく恐れ——自分を救ってくださったその神が、今は自分を見て首を横に振っておら...

悪魔の唯一の武器

空港の搭乗口に立ったまま、どうしても機内に足を踏み入れられない人がいます。本人は「飛行機が怖いのです」と言います。けれども、正確ではありません。怖いのは飛行機ではなく、墜落です。その恐れをどこまでもたどっていくと、行き着く先はひとつ。死ぬことが怖いのです。 同じ根が、人間のほとんどの恐れの下に横たわっています。高い所を恐れるのは、落ちれば命を落とすからです。病を恐れるのは、その先に墓があるからです...

からだは神の宮

敵の手口は、いつも決まっています。まず人を孤立させ、やがてその人自身の手で自分を損なわせるのです。マルコによる福音書五章は、ガダラ人の地で、墓場に住みついた一人の人の姿を伝えています。 「そして、夜昼たえまなく墓場や山で叫びつづけて、石で自分のからだを傷つけていた。」 マルコによる福音書 5:5 (口語訳) この人の状態には、三つのしるしがありました。ひとつは、人から離れて孤立していたこと。ひとつ...

贖いは、あなたのすべてに届く

多くの信じる者は、イエスが自分の霊を贖ってくださったことを知っています。そのことを、私たちは喜び祝います。また、主がからだを癒やしてくださることも信じています。 けれども、その二つの間にある部分を、私たちはつい忘れてしまいます。心、すなわち思いです。 パウロは、一つの祈りの中にその三つをすべて並べています。 「あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って、わたしたちの主イエス・キリストの来臨のときに...

旧約を恐れずに読む

旧約聖書を避けている、という方は少なくありません。裁きが語られ、のろいが並び、厳しい要求が続く。読みながら胸が重くなり、自分の失敗のゆえに神に罰せられるのではないかと、心配になってしまうのです。 けれども旧い契約は、主イエスの完成した御業というレンズを通して読まなければなりません。 「キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。『木にかけられる...

アガペーとは何か — 条件をつけない神の愛

ギリシア語には、愛を表す言葉が四つあります。日本語には、ひとつしかありません。このささやかな違いが、歴史上のどんな神学論争にも劣らないほど、神についての誤解を生んできました。 夫が妻に「愛している」と言い、その同じ口で「ピザが大好きだ」と言う。日本語はどちらも同じ棚に並べてしまいます。ギリシア語はそうしません。ギリシア語には、神の愛だけを指す言葉があるのです。あまりに独特なので、初代のクリスチャン...