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カイロスの意味とは?時計では測れない神の時
多くの人は時計に従って生きています。時間、締め切り、カレンダー。そうやって人生を測っています。けれども聖書は、時について別の言葉を使います。壁にかかった時計とは、何の関係もない言葉です。 その言葉が (カイロス) καιρός — 「定められた、恵みにかなった時」です。この一語を知ると、新約聖書のおもだった約束の読み方が変わります。 カイロスは分を数えません。時を刻むのではなく、時を告げます。神が...
検索語: “完成されたみわざ”
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多くの人は時計に従って生きています。時間、締め切り、カレンダー。そうやって人生を測っています。けれども聖書は、時について別の言葉を使います。壁にかかった時計とは、何の関係もない言葉です。 その言葉が (カイロス) καιρός — 「定められた、恵みにかなった時」です。この一語を知ると、新約聖書のおもだった約束の読み方が変わります。 カイロスは分を数えません。時を刻むのではなく、時を告げます。神が...
十字架の上でのイエスの死を思うとき、わたしたちがまず心に浮かべるのは、罪のゆるしです。負債は支払われ、神との間は和らげられた——そのことを喜びます。これこそ、わたしたちの信仰の土台です。 けれども、十字架のみわざは、それよりもさらに満ち足りたものでした。イエスが負われたのは、わたしたちの罪だけではありません。わたしたちの病と、わたしたちの患いをも負われたのです。からだのいやしもまた、贖いの中に含ま...
二時間、荒れた海に揺られたフェリーを降ります。足はコンクリートを踏んでいます。桟橋は動きません。けれども体は、そうは言いません。それから一時間ほど、地面はあなたの下で上がったり下がったりし続けます。何も動いていないのに、たしかに感じるのです。 あるいは、祭りを告げる鐘が五分間鳴り響きます。鐘つきが綱を放します。鐘は静かに垂れています。それでも、まだ聞こえます。音は空気の中ではもう止んでいます。けれ...
ギデオンは酒ぶねの中に身を隠していました。モーセは「どうか、ほかの人を」と神に願いました。エレミヤは「わたしはまだ若い」と言いました。神に召された三人。そのだれもが、自分こそこの務めにふさわしくない人間だと思い込んでいたのです。 自信のなさは、現代に生まれた病ではありません。SNSや人事評価とともにやって来たものでもありません。それは堕落のときから人と共にありました。アダムとエバが神を避けて身を隠...
多くのクリスチャンが、「救われた」という言葉を知っています。けれども、その言葉の背後にあるギリシア語 — ソーゾー — が、同時に「いやされた」「救い出された」「全きものとされた」「守られた」という意味を持っていることを知る人は、それほど多くありません。一つの言葉が、そのすべてを抱えているのです。 これは小さなことではありません。神は初めから、救いをあなたのたましいのところで止めるおつもりなどなか...
見知らぬ国を、長い時間かけて車で走っていると想像してみてください。体は疲れ、肩には力が入り、目は宿を探しています。曲がるところを間違えたのではないか——そう思ってはカーナビを確かめ、また確かめる。体の緊張はじわじわと高まっていきます。ところがふと顔を上げると、宿はすぐ目の前にあるのです。車はもう、その車寄せに止まっている。着いていたのです。 その瞬間、こわばりがすっと抜けていきます。探すのをやめ、...
頭が止まってくれません。夜、床に入ると、思いの群れが口々に叫び出します。交わした会話を何度も巻き戻し、まだ起きてもいない災いを予行演習し、存在してもいない問題を解こうとする。そして止めようとすればするほど、頭の中の音量は上がっていきます。 聖書には、この状態を指す言葉があります。いいえ、二つあります。 ギリシャ語の (メリムナオー) μεριμνάω — 「いくつにも分けられる」。十の方向へ引き裂...
多くのクリスチャンが、神はご自分の民の寿命を七十年、あるいは八十年に区切っておられる、と思い込んでいます。その根拠とされるのが、詩篇90篇の一節です。 「われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悲しみとであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。」 詩篇 90:10 (口語訳) この詩篇を書いたのはモーセです。そして...
ピリピ人への手紙の中に、読む人の心をざわつかせる一節があります。「恐れおののいて自分の救の達成に努めなさい」。 この言葉だけを切り取って読むと、救いとは自分の力でやり遂げねばならない課題のように聞こえます。けれども、すぐ後に続く言葉へ目を移した途端、その重圧はすっと消えていきます。 「…あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだ...
肩書きは、一度の面談で変わります。関係は、一度の会話で終わります。積み上げた読者も、アルゴリズムが一度変われば消えてしまいます。自分の値打ちがそのどれかに乗っているなら、足もとの土台は動き続けていることになります。 聖書は、人の価値という問いを宙ぶらりんにしません。いちばん初めに——創世記1章で答え、そしてもう一度、十字架で答えます。あなたが何かを成し遂げるより先に、神はあなたの値打ちを宣言され、...
あなたの未来が確かなのは、救いがあなたにではなく、キリストに支えられているからです。 人の努力の上に立つ希望は、もろいものです。けれども感謝なことに、信じる者は恐れではなく喜びをもって、先を見つめることができます。 パウロはこう書いています。 「神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる」ローマ人への手紙 5:2 (口語訳) おののくのではなく、喜ぶ。ぐらつく不安ではなく、確かな望み。 なぜでしょう...
わたしたちは、まず自分の欠けたところに目がいきます。けれども神は、違うものをご覧になります。 キリストがご自分の民をどう見ておられるか。聖書がそれを語るとき、その言葉は、にわかには信じがたいほどです。 「わが愛する者よ、あなたはことごとく美しく、少しのきずもない。」 雅歌 4:7 (口語訳) 神は、わたしたちの弱さを見ないふりをなさるのではありません。キリストが成し遂げてくださったみわざを通して、...