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9件の記事が見つかりました

満ち足りた生涯の力

使徒パウロは、死をいつ襲ってくるか分からない敵とは見ていませんでした。突然の事故や不治の病におびえて生きることもありませんでした。この世を去ることを、自分で選ぶこととして語りました。 ローマの獄中から手紙を書きながら、パウロは二つの選択肢を量りました。 「この二つのことの間で、板挟みの状態です。一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。だが他方では、肉...

失敗した後も、イエスはあなたに近づいてこられます

弟子たちが何も取れなかったとき、イエスは遠くから指示を叫ばれませんでした。 岸に立っておられました。 語りかけられるほど近くに。声が届くほど近くに。 「イエスが岸に立っておられた。」 ヨハネによる福音書 21:4 (新共同訳) 失敗は後退を生みませんでした。出会いを生みました。 聖書はこのパターンを繰り返します。 「主は打ち砕かれた心に近くいまし」 詩編 34:19 (新共同訳) イエスは、良くな...

あなたはもう着いています

知らない国で長いドライブをしていると想像してください。疲れて、体はこわばり、宿を探しています。曲がる道を見落としたのではないかと心配で、何度もGPSを確認します。体の中のストレスが上がっていきます。そのとき顔を上げると、宿はすぐ隣にあります。すでに宿の前に車を止めています。到着していたのです。 すぐに体から緊張が抜けます。探すのをやめます。エンジンを切り、車を降ります。旅は終わったので、平安のうち...

なぜ頑張るよりも安息のほうが癒やすのか

ときには、いちばん深い戦いは病そのものではありません。あなたが自分の心にかけている重圧です。 癒やされたいと強く願うあまり、頑張り始めます。十分に告白したでしょうか。正しく信じているでしょうか。十分に長く祈ったでしょうか。 そして頑張りのどこかで、安息が消えてしまいます。 しかし聖書は、必要な労苦は安息に入ることだけだと思い出させてくれます。 「だから、この安息にあずかるように努力しようではありま...

聖書は「考えすぎ」について何と言っているのか

頭が止まりません。夜、横になると、思いの群れが互いにわめき合います。会話を再生します。災いを予習します。まだ存在しない問題を解決します。そして止めようとするほど、騒音は大きくなります。 聖書にはこれを指す言葉があります。正確には、二つあります。 ギリシア語の (merimnao) μεριμνάω — 「部分に分けられること」。十の方向に引き裂かれた心です。ギリシア語の (thorybazo) θ...

恵みが真の悔い改めを生む

律法主義的な説教は圧力と脅しに頼ります。要求が従順を生むと考えています。人間の性質はその逆を示します。外からの規則は、服従よりも反抗を引き起こすことが多いのです。 心の真の変化は、神の一方的な恵みが示されることによって起こります。 「あるいは、神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことを知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのですか。」 ローマの信徒への手紙 2:4 (新共同訳) 石の板に...

影があなたを傷つけることはありません

影には実体がありません。犬の影に噛まれることはありません。武器の影に切られることはありません。脅かすように見えても、あなたを傷つける力はありません。 多くの信じる者が、暗い谷のように感じられる試練に直面します。体の病、家庭の問題、職場の激しい重圧を経験することがあります。そのような時、敵は、あなたが閉じ込められていると信じ込ませようとします。しかし詩編の作者ダビデは、わたしたちの見方を変える約束を...

神は無に等しいものを用いて、有るものを無力にされます

わたしたちはしばしば、神に近づく前に自分を強くしようとします。神の役に立つために、蓄えや知性や健康を増やさなければならないと考えます。しかし神は別の原理で働かれます。世が無に等しいと呼ぶものを用いて、世が有ると呼ぶものを打ち壊されます。 パウロはコリントの信徒への手紙でこの仕組みを説明します。 「ところが神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者...

三つの門、一つの薬

古代の都市は門で生き、門で滅びました。門には見張りが立ちました。商人は門から入りました。敵は門を狙いました。門を通ったものが、内側の街路を支配しました。 ソロモンは門を知っていました。箴言4章で、人の体にも門があると息子に告げます。 「わが子よ、わたしの言葉に心を向けよ。わたしの言うことに耳を傾けよ。それをあなたの目から離すな。心の真ん中に保て。それを見いだす者には命となり、全身を健やかにするから...