満ち足りた生涯の力

使徒パウロは、死を、いつ襲いかかってくるか分からない予測不能の敵とは見ていませんでした。突然の事故や不治の病におびえて生きることもありませんでした。彼はこの世を去ることを、自分で選び取るものとして語ったのです。
ローマの獄中から、彼は二つの道を秤にかけました。
パウロは板ばさみでした。肉体を離れてキリストと共にいることが、はるかに望ましいと知っていました。それでも彼は、教会の必要に目を向け、とどまることを選んだのです。彼のうちには復活のいのちが満ちあふれていて、死は彼の同意なしに、彼をさらっていくことはできませんでした。彼は「走るべき行程を走り尽くした」と言えるその日まで、地上にとどまり続けました。
信じる者であるあなたのうちにも、同じ復活のいのちが、この死ぬべきからだに宿っています。あなたは無力ではありません。早すぎる死におびえて生きる必要もありません。いのちを語り、満ち足りた、走りきった生涯をもって神が満たしてくださると信じてよいのです。神があなたに託された務めを、最後までやり遂げる権威が、あなたには与えられています。
あなたの務めがいつ終わるかを決める権威は、死にはありません。それはあなたにあります。
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