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検索語: “カイロス”

6件の記事が見つかりました

カイロスの意味とは?時計では測れない神の時

多くの人は時計に従って生きています。時間、締め切り、カレンダー。そうやって人生を測っています。けれども聖書は、時について別の言葉を使います。壁にかかった時計とは、何の関係もない言葉です。 その言葉が (カイロス) καιρός — 「定められた、恵みにかなった時」です。この一語を知ると、新約聖書のおもだった約束の読み方が変わります。 カイロスは分を数えません。時を刻むのではなく、時を告げます。神が...

台無しに見えて、そうではない

ちょうどよい時に、ちょうどよい場所にいる——それは、そよ風のように心地よいものだと、わたしたちはつい思い込みます。足もとに赤いじゅうたんがすべらかに敷かれ、扉はひとりでに開き、何もかもがぴたりと収まっていく。そんな光景を思い描くのです。 けれども、神の定めた出会いは、まるで災難のような顔をしてやって来ることがあります。 (カイロス) καιρός — 「定められた時、ふさわしい季節、好機」 「ちょ...

その嵐は、あなたの物語ではありません

世界の出来事や政治、日々流れてくる見出しを眺めていると、何もかもが崩れていくように思えることがあります。 けれども、カイロス——(カイロス) καιρός — 「神が定めた時」、すなわち神が備えられた恵みの時——は、この世に約束されたものではありませんでした。それは神の民に約束されたものです。 主イエスは言われました。 「わたしの国はこの世のものではない。」ヨハネによる福音書 18:36 (口語訳...

神の時が、すべてを美しくする

種を蒔き、祈り、その場に立ち続けてきた——それなのに、何ひとつ動かない。そんな季節があります。 神は忘れてしまわれたのだろうか。あるいは、私が聞き違えたのだろうか。そもそも、刈り入れの日など来ないのではないか。 けれども、聖書はこう告げます。 「神のなされることは皆その時にかなって美しい」伝道の書 3:11 (口語訳) パウロもまた、同じことを書いています。 「たゆまないでいると、時が来れば刈り取...

御父の歩調で歩まれる主

ヤイロの娘は、死にかけていました。一刻を争う時でした。 ところが、その家へ向かう道の途中で、主イエスは足を止められました。ひとりの女がその衣にさわり、主は振り返り、その人を捜し、語りかけ、「娘よ」と呼ばれたのです。 私たちであれば、きっと先を急いだでしょう。主は、そうなさいませんでした。 なぜでしょうか。 主は、私たちとは違う歩調で歩んでおられたからです。御父の歩調で。 物語は、こう続きます。 「...

カイロス:神が定めた時、神が備えた場所

「たまたま」その人と出会った。しかもそれは、まさに自分がその出会いを必要としていた時だった——そんな瞬間を、あなたも覚えているのではないでしょうか。聖書には、その瞬間を指す言葉があります。(カイロス) καιρός — 「定められた時、ちょうどよい機会」 神は、ご自分の民の歩みの中に、こうした時を織り込んでおられます。行き当たりばったりではありません。偶然でもありません。運でもありません。 それは...