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聖書は「考えすぎ」に何と言うか

頭が止まってくれません。夜、床に入ると、思いの群れが口々に叫び出します。交わした会話を何度も巻き戻し、まだ起きてもいない災いを予行演習し、存在してもいない問題を解こうとする。そして止めようとすればするほど、頭の中の音量は上がっていきます。 聖書には、この状態を指す言葉があります。いいえ、二つあります。 ギリシャ語の (メリムナオー) μεριμνάω — 「いくつにも分けられる」。十の方向へ引き裂...

燃え尽きたあなたへ、休んでよいのです

天から火を呼び下した預言者がいました。四百五十人の偽預言者を相手に、国を挙げた対決に勝ちました。王の戦車を追い越して走りました。その翌日、彼は神に、わたしの命を取ってくださいと願いました。 それが燃え尽きです。才能の不足ではありません。信仰の不足でもありません。人格の破れでもありません。燃え尽きとは、注ぎ出す量が、注がれる量を超えたときに起こることです。そして聖書は、多くの人が思うよりもずっとやさ...

努力では開かない扉

学ぶことも、人とのつながりも、悪いものではありません。けれども、そのどちらも、神だけが開くことのできる扉を保証してはくれません。 ヨセフには、誇れる経歴がありませんでした。肩書もありません。後ろ盾となる人脈もありません。 それでも、聖書はこう記します。 「主が彼の手のすることをみな栄えさせられる」創世記 39:3 (NKJV より私訳) 栄えたのは、うまい手立てがあったからではありません。主がとも...

たましいの錨

船が港にいるとき、嵐が近づけば、船長は錨を下ろします。錨は重く、暗い水の中へと沈んでいき、やがて見えなくなります。それでも、いったん海の底にしっかり食い込めば、船は安全です。波にもまれ、船体は揺れるでしょう。けれども、沖へさらわれていくことはありません。 あなたのたましいにも、錨が要ります。聖書は、わたしたちの持つ望みは「幕の内」にまで入っていくと語ります。 「わたしたちは、この望みを、たましいの...

救いは失われるのか——恵みの本当の意味

裁判はすでに終わりました。判決は言い渡され、裁判長は席を立ち、木槌の音も鳴りやんでいます。それなのに被告席の人は、もう一度立ち上がってこう尋ねるのです。「でも、本当に確かなのでしょうか」。 これが、自分の救いを疑っている信者の姿です。 「クリスチャンは救いを失うことがあるのか」——この問いは、まじめな信者を心の病へと追い込んできました。神を愛する人々から確信を奪い、良い知らせを、細かい但し書きのつ...

ヘセド ― 追いかけてやまない神の愛

ヘブライ語聖書には、日本語のどの一語にも収まりきらない言葉があります。「あわれみ」「いつくしみ」「変わらない愛」「誠実」「真実」。訳者たちはさまざまに訳し分けてきました。どの訳語も、その一面はとらえています。けれども、すべてをとらえた訳語はひとつもありません。 その言葉が (ヘセド) חֶסֶד — 「契約に根ざした、絶えることのない愛」です。 旧約聖書に二百五十一回現れます。詩篇を満たし、ルツの...