旧約を恐れずに読む

旧約聖書を避けている、という方は少なくありません。裁きが語られ、のろいが並び、厳しい要求が続く。読みながら胸が重くなり、自分の失敗のゆえに神に罰せられるのではないかと、心配になってしまうのです。
けれども旧い契約は、主イエスの完成した御業というレンズを通して読まなければなりません。
この完成した御業を言い表すのが、ギリシア語の (テテレスタイ) τετέλεσται — 「すべてが終った」という一語です。
赤いインクで「支払済」と押された印を思い描いてみてください。律法のどの頁にも、不従順に対するどののろいにも、どの要求の上にも、その印がしっかりと押されています。負債は、主イエスが払い終えてくださいました。
ですから申命記でのろいの言葉に出会っても、怯える必要はありません。そののろいを代わりに負ってくださった主に、感謝をささげればよいのです。罪の宣告に怯えることなく、旧約の物語と教えを心ゆくまで味わう自由が、あなたには与えられています。
旧い契約を、安心して読んでください。それが求める負債は、すでに主イエスがすべて払い終えてくださったのです。
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