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影はあなたを傷つけない
影には実体がありません。犬の影に噛まれることはなく、剣の影に切られることもありません。見た目はいかにも恐ろしくても、傷つける力は持っていないのです。 多くの信者が、暗い谷のような試練の中を歩きます。体の病、家庭の問題、仕事の重圧。そんなとき、敵はあなたに「もう逃げ場はない」と思わせたがります。けれども詩篇の作者ダビデは、私たちの見方を変える一つの約束を書き残しました。 「たといわたしは死の陰の谷を...
検索語: “仕事”
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影には実体がありません。犬の影に噛まれることはなく、剣の影に切られることもありません。見た目はいかにも恐ろしくても、傷つける力は持っていないのです。 多くの信者が、暗い谷のような試練の中を歩きます。体の病、家庭の問題、仕事の重圧。そんなとき、敵はあなたに「もう逃げ場はない」と思わせたがります。けれども詩篇の作者ダビデは、私たちの見方を変える一つの約束を書き残しました。 「たといわたしは死の陰の谷を...
多くの人は、日々を仕事と用事と、たまの休みの繰り返しのように過ごしています。けれども神は、あなたのために、それとは別の計画を用意しておられます。 あなたは、生まれるより前から定まり、一生の長さでは収まりきらない使命を負っています。 パウロは、神の夢をこう描いています。 「それは、キリスト・イエスにあってわたしたちに賜わった慈愛による神の恵みの絶大な富を、きたるべき世々に示すためであった。」エペソ人...
望みがないという状態は、心だけでなく体にも及びます。望みを失うと、朝、目覚めた時点ですでに疲れています。何をするにも気力が湧かず、重たいものが胸の底に残ります。仕事を見ても、夫婦の間を見ても、家族を見ても、目に映るのは暗い色ばかりです。 こうした心の状態は、多くの場合、自分が何を取り入れてきたかの結果です。暗い報道や、この世の悲観的な見通しばかりで心を満たせば、心は沈みます。処方箋は、神の言に日ご...
新しい季節は、しばしば嵐とともに始まります。世界を見渡せば、騒がしさばかりが目につきます。自分の状況に目をやれば、風の冷たさが肌に触れます。舟は荒れた海のただ中にあるように思え、不安が心を占めようとします。 けれども、嵐はあなたの行き先ではありません。 神がイスラエルをエジプトから救い出されたのは、彼らを荒野に置き去りにするためではありませんでした。ある特定の場所へ導き入れるために、救い出されたの...
天から火を呼び下した預言者がいました。四百五十人の偽預言者を相手に、国を挙げた対決に勝ちました。王の戦車を追い越して走りました。その翌日、彼は神に、わたしの命を取ってくださいと願いました。 それが燃え尽きです。才能の不足ではありません。信仰の不足でもありません。人格の破れでもありません。燃え尽きとは、注ぎ出す量が、注がれる量を超えたときに起こることです。そして聖書は、多くの人が思うよりもずっとやさ...
上の画像を、じっと見つめてみてください。 目は、線が傾いていると告げます。列は歪み、片方の端は沈み、もう片方は持ち上がっている——そう見えます。頭の中では、この模様はゆがんで不揃いだと、すっかり信じ込んでいます。 けれども、その横の線のどれか一本に定規を当ててみると、驚くべきことが分かります。どの線も、寸分の狂いなくまっすぐなのです。 目は、あなたに嘘をついています。見えているものは、確かに見えて...
神はすべてのわざを終え、造られたものをことごとく見渡し、それから思いがけないことをなさいました。休まれたのです。疲れたからではありません。すべてが完成したからです。 このひとつの出来事――第七日の安息――が、聖書に記されたあらゆる平安の約束、供給の約束、守りの約束の土台になりました。それなのに、多くの信仰者は今も、安息を「余裕のある人にだけ許された贅沢」のように扱っています。 聖書は安息を付け足し...
わたしたちには、垣根の向こうをのぞく癖があります。あの人の結婚、あの人の仕事、あの人の暮らし。どれも苦もなく青々と育っているように見えるのです。昔から「隣の芝生は青い」と言いますが、ソーシャルメディアの時代には、その青さにまで加工がほどこされ、いっそう鮮やかに映ります。 けれども、距離というものは、化けるのが上手です。遠くからは色が見え、近づいてはじめて状態が見えます。 思いきって垣根を越え、「向...
世には、成功へのはっきりした型があります。せわしない歩調、すぐに結果を求める心、そしてもう少し急げばたどり着けるという、ささやくような約束です。 けれども、たどり着いた先で払う代価は、たいてい小さな文字で書かれています。 イサクの物語に、それが見えます。飢饉のとき、人々はこぞってエジプトへ下って行きました。エジプトは、世のしくみを映す名前です。しかし神はイサクに、そこへは行かず、今いる場所にとどま...
精神医学の教科書と福音書が、同じことを語っています。今この瞬間を生きなさい、と。違いは、福音書がそれを二千年も前に語っていたことです。 不安は新しいものではありません。SNSと二十四時間流れ続けるニュースが生んだ現代病でもありません。ダビデは詩篇にそれを書き残しました。エリヤは生涯最大の勝利の直後にそれを味わいました。パウロは日々それを背負っていました。主イエスさえ、ゲツセマネの園でその重みの下に...
古代の石切り場では、石は厚い暗やみの中に眠っていました。だれかが中へ入り、岩から切り離し、運び出すまでは。ペテロが、神がわたしたちになさったことを語るとき、思い描いているのは、その光景です。 (ekklesia) ἐκκλησία — 「召し出された者たち」 「暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかた」 ペテロの第一の手紙 2:9 (口語訳) あなたは、自分で出口を探していた石ではありません...
誰かに不当な扱いを受けたとき、人がまず思うのは、傾いた天秤をもとに戻すことです。正義がほしい。事実をはっきりさせたい。理不尽さの重みを肌で感じながら、それを正そうとして、私たちは自分をすり減らしていきます。 けれども、神が見ていてくださると信じる人は、その仕事を下に置いて、休むことができます。 聖書は、はっとするようなことを語ります。あなたを悩ます者たちのことを神が取り扱ってくださる、それは正しい...
私たちはいつも、何か新しいものを待っています。突破口、思いがけない実り、どこか「向こう側」から降ってくる奇跡。そして足りないものばかりを数えます。お金が足りない、力量が足りない、影響力が足りない。だから答えは、外からやってくる大きな何かに違いないと思い込むのです。 けれども神は、まったく別の問いを立てられます。 「あなたの手にあるそれは何か」 出エジプト記 4:2 (口語訳) モーセが国家の危機を...
ときどき、あまりにも深いところから湧き上がってきて、自分で考え出したものではないと分かる思いがあります。 そっと背を押すような、うながし。 「これだけのはずがない」 それは思いがけない時に顔を出します——何かを勝ち取った後にも、失った後にも、何事もない平凡な火曜日にも。 野心が語っているのではありません。 不満が言わせているのでもありません。 あなたの内におられる神の御霊が、上へと呼んでおられるの...