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変わる時代、変わらぬ岩
世界は目まぐるしく変わります。技術も、伝える手段も、文化も、世代ごとに姿を変えていきます。残念なことに、教会はその変化に恐れをもって応じてしまうことが少なくありません。新しい道具にはすぐ「危ないもの」という札を貼り、慣れ親しんだ伝統の中へ引きこもる。けれどもその後退は、教会を世から切り離し、福音を伝える力をみずから狭めてしまいます。私たちは、メッセージを損なわずに方法を変える道を学ばなければなりま...
検索語: “励まし”
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世界は目まぐるしく変わります。技術も、伝える手段も、文化も、世代ごとに姿を変えていきます。残念なことに、教会はその変化に恐れをもって応じてしまうことが少なくありません。新しい道具にはすぐ「危ないもの」という札を貼り、慣れ親しんだ伝統の中へ引きこもる。けれどもその後退は、教会を世から切り離し、福音を伝える力をみずから狭めてしまいます。私たちは、メッセージを損なわずに方法を変える道を学ばなければなりま...
ギデオンは酒ぶねの中に身を隠していました。モーセは「どうか、ほかの人を」と神に願いました。エレミヤは「わたしはまだ若い」と言いました。神に召された三人。そのだれもが、自分こそこの務めにふさわしくない人間だと思い込んでいたのです。 自信のなさは、現代に生まれた病ではありません。SNSや人事評価とともにやって来たものでもありません。それは堕落のときから人と共にありました。アダムとエバが神を避けて身を隠...
霊的な攻撃を受けると、自分が何か間違ったことをしたせいだと考える人がいます。けれども多くの場合、事実はその逆です。 主イエスはこう言われました。 「盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするためにほかならない。」ヨハネによる福音書 10:10 (口語訳) 盗人は、空っぽの家には押し入りません。宝の置かれている場所をこそ狙うのです。 敵は、あなたのまなざしに宿る安らぎを憎みます。あなたの語り...
人でいっぱいの部屋にいながら、ひとりだと感じることがあります。人の行き交うオフィス、席の埋まった礼拝堂、家族が囲む食卓。それでも、隣の席だけがぽっかり空いているように思えるのです。孤独は、まわりに何人いるかで決まるものではありません。いま自分が立っている場所と、自分が本当に知られていると感じられる場所との、その隔たりのことなのです。 聖書はこの主題を避けません。詩篇にも、預言者の書にも、主イエスの...
私たちの心には、できれば閉じたままにしておきたい部屋があります。触れられたくない、名前をつけられたくない、覗かれたくない場所です。 ダビデもまた、それを知っていました。 彼はほとんどすべてを神のもとへ携えていきました。恐れも、怒りも、受けた不当な仕打ちも、失望も、混乱も、そしていちばん暗い感情までも。 「主よ、いつまでなのですか。とこしえにわたしをお忘れになるのですか。」詩篇 13:1 (口語訳)...
落胆には、境遇から来るものもあります。けれども多くは、内側の空しさから来ます。 エレミヤは、そのことを知っていました。人生が音を立てて崩れていくただ中で、彼はこう言いました。 「わたしはあなたの言葉を見いだして、それを食べました。あなたの言葉は、わたしに喜びとなり、心の楽しみとなりました」 エレミヤ書 15:16 (NKJV より私訳) 彼は「学びました」とは言いませんでした。「食べました」と言っ...
自然の世界には、必ず「間(ま)」があります。 十月に種をまき、冬の間じっと待ち、四月に刈り取る。働きと報いとの間には、幾月もの沈黙があり、幾月もの待つ時間があります。 けれども神は、その時間割そのものが畳まれてしまう季節を約束しておられます。 「主は言われる、見よ、このような日が来る。その日には、耕す者は刈る者に相継ぎ、ぶどうを踏む者は種をまく者に相継ぐ……」 アモス書 9:13 (口語訳) 思い...
すべての突破口が、一瞬にして開かれるわけではありません。多くの場合、それは幾重にも重なって訪れます。一つの言葉、また一つの言葉と、少しずつ。 だからこそ神は、わたしたちを集まりへと招かれます。規則としてではなく、招待として。 「ある人たちがいつもしているように、集会をやめることはしないで、互に励まし、かの日が近づいているのを見て、ますます、そうしようではないか」ヘブル人への手紙 10:25 (口語...
わたしたちは、とかく敵の側ばかりに目が利くようになります。問題を探し、「敵」を分析し、何がうまくいかなくなるだろうかと心を煩わせる。そういう癖が、いつのまにか身についてしまうのです。 けれども主イエスは、敵の力について、実に興味深い言い方をなさいました。 「わたしはあなたがたに、へびやさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けた。だから、あなたがたに害を加えるものは、決してない。」 ルカ...
光よりも闇に敏感な信者がいます。御使いよりも悪霊に詳しい信者がいます。約束よりも脅威に目のいく信者がいます。 けれども聖書は、別のことを告げます。 スリヤの軍勢を見て従者が震えたとき、エリシャはこう言いました。 「恐れることはない。われわれと共にいる者は彼らと共にいる者よりも多いのだから」 列王紀下 6:16 (口語訳) これは詩のような励ましではありません。まぎれもない現実です。 天は陰府にまさ...
壊れた結婚は、ある一瞬で壊れるのではありません。少しずつ、削られていくのです。とげのある一言。冷たい沈黙。やがて当たり前になってしまう距離。 そして、決定的に思える出来事が起こります。信頼が崩れる。相手の心が背を向ける。そして心のどこかでつぶやくのです。もう、これで終わりなのかもしれない。 けれども神は、終わりに見えるところから始められる方です。 聖書はこう語っています。 「主は心の打ちくだかれた...
神の声を聞くことを、ややこしくしてしまう人がいます。五つの段階。三つの信号。心の中の信号機。 主イエスは、こう言われます。 「わたしの羊はわたしの声に聞き従う」 ヨハネによる福音書 10:27 (口語訳) 子どもは、母親の声を研究したりしません。その人のものだから、聞き分けるのです。 あなたが神の声を聞くのは、信仰が成熟しているからではありません。あなたが神のものだから、聞こえるのです。 そして、...
人を見つめるイエスのまなざしには、息をのむようなものがあります。 人でにぎわう会堂の中で、主は十八年のあいだ腰の曲がったままの女に目を留められました。もはや誰も、その人を見ようとはしなかったのに。 「イエスはその女を見て、呼びよせ……」ルカによる福音書 13:12 (口語訳) 痛みがその体に何をしたのかを、主はご覧になりました。長い年月の落胆が、その心に何を残したのかも、ご覧になりました。そして、...