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鎖の中の輝き
伝道というと、私たちはつい議論の組み立てを思い浮かべます。要点を用意し、事実を覚え、相手の考えを変えようと努める。けれども、あなたが持っている最も力ある証しは、実はあなたの表情なのです。 使徒パウロを思い起こしてみましょう。彼はカイザリヤで、鉄の鎖につながれた囚人として立っていました。目の前にいるのは、彼の生殺与奪を握るアグリッパ王とローマの高官たち。それでもパウロは、あわれみを乞うこともなく、絶...
検索語: “キリスト者の歩み”
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伝道というと、私たちはつい議論の組み立てを思い浮かべます。要点を用意し、事実を覚え、相手の考えを変えようと努める。けれども、あなたが持っている最も力ある証しは、実はあなたの表情なのです。 使徒パウロを思い起こしてみましょう。彼はカイザリヤで、鉄の鎖につながれた囚人として立っていました。目の前にいるのは、彼の生殺与奪を握るアグリッパ王とローマの高官たち。それでもパウロは、あわれみを乞うこともなく、絶...
ふつうの競走では、スタートラインに立ち、ゴールを目指して走ります。賞はいちばん最後に受け取るものです。 ところが福音は、その順番をひっくり返します。 イエスの死と葬りと復活のゆえに、信じる者は一瞬にしてゴールへと運ばれました。わたしたちは勝利を目指して働くのではありません。勝利から出発して働くのです。 多くの人が、キリスト者の歩みを梯子のように考えています。「恵みによって救われた」というのは幼稚園...
キリスト者の歩みは苦しくあるべきだ——そんな思い込みが、いつのまにか広く根を張っています。 私たちは、もがくことを聖さと取り違えます。歯を食いしばり、身を削るようにして生きていなければ、どこか間違っているのではないかと感じてしまう。そして重い荷を背負いながら、これは神が私の力を試すために置かれたものだ、と思い込むのです。 けれども、主イエスが言われたのは、まるで違うことでした。 「わたしのくびきは...
わたしたちは、とかく敵の側ばかりに目が利くようになります。問題を探し、「敵」を分析し、何がうまくいかなくなるだろうかと心を煩わせる。そういう癖が、いつのまにか身についてしまうのです。 けれども主イエスは、敵の力について、実に興味深い言い方をなさいました。 「わたしはあなたがたに、へびやさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けた。だから、あなたがたに害を加えるものは、決してない。」 ルカ...