鎖の中の輝き

伝道というと、私たちはつい議論の組み立てを思い浮かべます。要点を用意し、事実を覚え、相手の考えを変えようと努める。けれども、あなたが持っている最も力ある証しは、実はあなたの表情なのです。
使徒パウロを思い起こしてみましょう。彼はカイザリヤで、鉄の鎖につながれた囚人として立っていました。目の前にいるのは、彼の生殺与奪を握るアグリッパ王とローマの高官たち。それでもパウロは、あわれみを乞うこともなく、絶望をにじませることもありませんでした。
それどころか、驚くほどの喜びをもってこう語り出したのです。
そして話の終わりに、王と居並ぶ人々に向かって、こう言いました。
パウロは囚人でした。しかしその場にいた誰よりも幸福な人でした。自由を手にしている支配者たちに、自分が持っているものを持ってほしいと願った――ただし、この鎖は別として。
これが、輝きを放つ人格というものです。喜びが身の回りの快適さに左右されない、そういう生き方です。
容姿が整っていても、高ぶりや怒りによって人を遠ざけてしまうことがあります。けれども、神の平安に満たされた人は、自然と人を引き寄せます。あなたの喜びは、福音が目に見える形をとったものなのです。嵐の中でも揺るがないあなたを見たとき、人はその落ち着きがどこから来るのかを知りたくなります。
苦しい時にあなたが失わない喜びこそ、イエスは生きておられるという最も説得力のある証しです。
この記事が心に残りましたか。毎朝、こうした短いディボーションをメールでお届けします。