8件の記事が見つかりました
律法の下ではなく、恵みの下に
律法は、何をすべきかを告げます。恵みは、何がすでに成し遂げられたかを告げます。一方はあなたから取り立て、もう一方はあなたに供給します。そして聖書は、わたしたちが今どちらの下に生きているのかを、少しもあいまいにしていません。 ローマ人への手紙6章14節を耳にしたことのある方は多いでしょう。けれども、その一節が何を宣言しているのかに立ち止まった方は、そう多くありません。パウロは「律法と恵みのつり合いを...
検索語: “結婚”
8件の記事が見つかりました
律法は、何をすべきかを告げます。恵みは、何がすでに成し遂げられたかを告げます。一方はあなたから取り立て、もう一方はあなたに供給します。そして聖書は、わたしたちが今どちらの下に生きているのかを、少しもあいまいにしていません。 ローマ人への手紙6章14節を耳にしたことのある方は多いでしょう。けれども、その一節が何を宣言しているのかに立ち止まった方は、そう多くありません。パウロは「律法と恵みのつり合いを...
多くの人は、シャロームを「平和」と訳します。それは「家庭」を「建物」と訳すようなものです。間違いではありません。けれども、まだ足りません。 シャロームは、ヘブライ語聖書のなかでもっとも豊かな言葉のひとつです。旧約聖書に二百五十回以上あらわれます。日々のあいさつとして交わされ、軍勢の上に宣言され、預言者たちによって約束され、神ご自身の名にまで刻まれました。御使たちがイエスの誕生を告げたとき、ただ気分...
裁判はすでに終わりました。判決は言い渡され、裁判長は席を立ち、木槌の音も鳴りやんでいます。それなのに被告席の人は、もう一度立ち上がってこう尋ねるのです。「でも、本当に確かなのでしょうか」。 これが、自分の救いを疑っている信者の姿です。 「クリスチャンは救いを失うことがあるのか」——この問いは、まじめな信者を心の病へと追い込んできました。神を愛する人々から確信を奪い、良い知らせを、細かい但し書きのつ...
神はすべてのわざを終え、造られたものをことごとく見渡し、それから思いがけないことをなさいました。休まれたのです。疲れたからではありません。すべてが完成したからです。 このひとつの出来事――第七日の安息――が、聖書に記されたあらゆる平安の約束、供給の約束、守りの約束の土台になりました。それなのに、多くの信仰者は今も、安息を「余裕のある人にだけ許された贅沢」のように扱っています。 聖書は安息を付け足し...
結婚がまだ遠い日にある恋は、いつのまにか、自分たちでは担いきれない道へと二人を連れて行きます。 人を慕う心そのものに、悪いところはありません。けれども、それが贈り物になるか、重荷になるかを決めるのは、時なのです。 約束を交わすにはまだ何年も早いのに、二つの心が結ばれてしまうと、その関係は自然と前へ前へと進んでいきます。二人が担える速さを、はるかに超えて。 はじめは、手をつなぐだけで胸が高鳴ります。...
パウロは結婚の勧めを、努力から始めません。一人のお方から始めます。 「夫たる者よ。キリストが教会を愛してそのためにご自身をささげられたように、妻を愛しなさい。」 エペソ人への手紙 5:25 (口語訳) 多くの人は、これを命令として読みます。けれどパウロは、進むべき方向として書きました。 キリストのように愛することはできません。まずキリストがどう愛しておられるかを見るまでは。 主は教会をどのように愛...
壊れた結婚は、ある一瞬で壊れるのではありません。少しずつ、削られていくのです。とげのある一言。冷たい沈黙。やがて当たり前になってしまう距離。 そして、決定的に思える出来事が起こります。信頼が崩れる。相手の心が背を向ける。そして心のどこかでつぶやくのです。もう、これで終わりなのかもしれない。 けれども神は、終わりに見えるところから始められる方です。 聖書はこう語っています。 「主は心の打ちくだかれた...
「クリスチャンとだけ付き合いなさい」——よく耳にする言葉です。 そのとおり、信仰を分かち合えることは大切です。 けれども、この話はしばしば単純にされすぎています。 少し視野を広げてみましょう。ラハブを見てみましょう。 イスラエルの男性に出会うより前に…… 契約の民に嫁ぐより前に…… その名がヘブル人への手紙十一章に記されるより前に…… ラハブの心は、すでにイスラエルの神へと向いていました。 彼女は...