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検索語: “経済”

10件の記事が見つかりました

あえて貧しくなられた主

十字架の上からイエスが最後に見たものの一つは、ご自分の衣をめぐってくじを引く兵卒たちの姿でした。 「そこで彼らは互に言った、『それを裂かないで、だれのものになるか、くじを引こう』。これは、『彼らは互にわたしの上着を分け合い、わたしの衣をくじ引にした』という聖書が成就するためであった。兵卒たちはそのようにしたのである。」 ヨハネによる福音書 19:24 (口語訳) すべてを所有しておられる方が、そこ...

揺れの中で立つ

揺り動かされうるものは、すべて揺り動かされます。 制度も、経済も、人の手で作られた宗教も、震えています。わたしたちはそういう時代に生きています。聖書は、神が地と天とを揺り動かされる、と告げます。それは「振われないものが残るため」です。 では、最後まで残るものとは何でしょうか。恵みの御国です。 この揺れを、わたしたちはどう生き抜くのでしょうか。 「このゆえに、わたしたちは震われない国を受けているのだ...

アガペーとは何か — 条件をつけない神の愛

ギリシア語には、愛を表す言葉が四つあります。日本語には、ひとつしかありません。このささやかな違いが、歴史上のどんな神学論争にも劣らないほど、神についての誤解を生んできました。 夫が妻に「愛している」と言い、その同じ口で「ピザが大好きだ」と言う。日本語はどちらも同じ棚に並べてしまいます。ギリシア語はそうしません。ギリシア語には、神の愛だけを指す言葉があるのです。あまりに独特なので、初代のクリスチャン...

十分の一は、律法より先にありました

ひとりの人が、自分の持ち物すべての十分の一を、ひとりの祭司に手渡しました。モーセの律法が与えられる四百年以上も前のことです。命令もなく、義務もなく、神殿もありません。あるのはただ、自分を救い出してくださった神への、感謝のこたえだけでした。 その人がアブラハム。そして祭司がメルキゼデクです。 十分の一をめぐる話は、たいてい義務から始まります。「ささげるべきですか」「ささげなければ神に罰せられますか」...

どこにとどまるか

世は、逃げ道を探すことを教えます。景気が冷え込むと、人はまず手早い満足へと走ります。「すぐに勝てる話」を探し、「いちばん早く回収できる投資」を探すのです。つまり、足はエジプトへ向かいます。 聖書において、エジプトは世の理屈の体系を表します。人の力と、目に見える資源の上に築かれた仕組みです。けれども飢饉のただ中で、神がイサクに告げられたのは、まったく別のことでした。 「エジプトへ下ってはならない。わ...

あなたの価値を決めたのは、十字架です

肩書きは、一度の面談で変わります。関係は、一度の会話で終わります。積み上げた読者も、アルゴリズムが一度変われば消えてしまいます。自分の値打ちがそのどれかに乗っているなら、足もとの土台は動き続けていることになります。 聖書は、人の価値という問いを宙ぶらりんにしません。いちばん初めに——創世記1章で答え、そしてもう一度、十字架で答えます。あなたが何かを成し遂げるより先に、神はあなたの値打ちを宣言され、...

シャローム——「平和」では足りない

多くの人は、シャロームを「平和」と訳します。それは「家庭」を「建物」と訳すようなものです。間違いではありません。けれども、まだ足りません。 シャロームは、ヘブライ語聖書のなかでもっとも豊かな言葉のひとつです。旧約聖書に二百五十回以上あらわれます。日々のあいさつとして交わされ、軍勢の上に宣言され、預言者たちによって約束され、神ご自身の名にまで刻まれました。御使たちがイエスの誕生を告げたとき、ただ気分...

もう力まなくていい――聖書が語る安息

神はすべてのわざを終え、造られたものをことごとく見渡し、それから思いがけないことをなさいました。休まれたのです。疲れたからではありません。すべてが完成したからです。 このひとつの出来事――第七日の安息――が、聖書に記されたあらゆる平安の約束、供給の約束、守りの約束の土台になりました。それなのに、多くの信仰者は今も、安息を「余裕のある人にだけ許された贅沢」のように扱っています。 聖書は安息を付け足し...

巨人は、あなたの糧

問題をどう見るかによって、その問題の中にとどまる時間の長さが決まります。 十二人の斥候が約束の地に入ったとき、そのうちの十人は震えながら戻ってきました。豊かな実りを見たのは確かです。けれども同時に、高い城壁と巨人たちも見てしまったのです。そして彼らは言いました。自分たちは、いなごのようだ、と。 ところが、ヨシュアとカレブの二人は、まったく同じ巨人を見ながら、まったく違う結論にたどり着きました。 「...

限界は、神の側にはありません

私たちはいつも、何か新しいものを待っています。突破口、思いがけない実り、どこか「向こう側」から降ってくる奇跡。そして足りないものばかりを数えます。お金が足りない、力量が足りない、影響力が足りない。だから答えは、外からやってくる大きな何かに違いないと思い込むのです。 けれども神は、まったく別の問いを立てられます。 「あなたの手にあるそれは何か」 出エジプト記 4:2 (口語訳) モーセが国家の危機を...