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心にかぶとを
恐れは、たいてい正面の扉からは入ってきません。見ているもの、指先で流しているもの、心の中で何度も繰り返している言葉——そのすき間から、そっと忍び込みます。 そして気づかないうちに、望みは少しずつ痩せていきます。 パウロは、望みをあなたの武具の一部として語ります。 「救の望みのかぶとをかぶって」テサロニケ人への第一の手紙 5:8 (口語訳) かぶと、(クラノス) κράνος — 「かぶと」。つまり...
検索語: “心の持ち方”
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恐れは、たいてい正面の扉からは入ってきません。見ているもの、指先で流しているもの、心の中で何度も繰り返している言葉——そのすき間から、そっと忍び込みます。 そして気づかないうちに、望みは少しずつ痩せていきます。 パウロは、望みをあなたの武具の一部として語ります。 「救の望みのかぶとをかぶって」テサロニケ人への第一の手紙 5:8 (口語訳) かぶと、(クラノス) κράνος — 「かぶと」。つまり...
わたしたちは「希望」という言葉で、少しつまずいているのかもしれません。 日ごろ使う「望み」は、どこか心もとない願いです。「雨が降らないといいな」「あの仕事が決まるといいな」。そこには不確かさがにじみ、結果はまだ宙に浮いたままです。 けれども聖書の言う希望は、投げたコインの裏表ではありません。それは錨です。 希望を表すギリシア語は (エルピス) ἐλπίς です。「たぶん」という意味ではありません。...
心が新しくされるのは、たいてい努力からではありません。始まりは同意です。何に自分の考え方を形づくらせるか、そこから始まります。 パウロはこう言います。 「あなたがたは、この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造りかえられ、」ローマ人への手紙 12:2 (口語訳) この世に合わせることは、放っておけば起こります。新しくされることは、選び取るものです。 ダビデはそれを知っていま...
問題をどう見るかによって、その問題の中にとどまる時間の長さが決まります。 十二人の斥候が約束の地に入ったとき、そのうちの十人は震えながら戻ってきました。豊かな実りを見たのは確かです。けれども同時に、高い城壁と巨人たちも見てしまったのです。そして彼らは言いました。自分たちは、いなごのようだ、と。 ところが、ヨシュアとカレブの二人は、まったく同じ巨人を見ながら、まったく違う結論にたどり着きました。 「...
神は闇をご覧になったとき、それを描写なさいませんでした。論評もなさいませんでした。分析もなさいませんでした。 神は、その闇に向かって語られました。 「神は『光あれ』と言われた」創世記 1:3 (口語訳) あなたは、その神のかたちに造られています。そしてパウロは、信仰の働き方の中に、そのかたちを見ています。 「わたしは信じた。それゆえに語った」コリント人への第二の手紙 4:13 (口語訳) これは、...
困難は避けられません。主イエスはそのことを包み隠さず語られました。けれども、自分の身の上に起こることをいつも思いどおりにはできなくても、自分の内側に起こることには、あなたに確かな権威があります。主イエスは、命令でありながら約束でもある言葉をくださいました。「あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな」ヨハネによる福音書 14:27 (口語訳)ここで用いられている言葉に目を留めてください。(タラッソ...
つぶやきというものを、私たちはつい「悪い癖」くらいに考えます。けれどもヘブライ語をたどっていくと、それは癖などではなく、罠であることが見えてきます。 「つぶやく」にあたるヘブライ語は、こうです。(ルーン) לוּן — 「夜を過ごす、宿る、留まる」 同じ一つの語が、口語訳では場面によって訳し分けられています。ルツ記 1:16 では「宿る」と訳され、民数記 14:2 では「つぶやく」と訳されています...
身のまわりで、こんな言葉をよく耳にします。「もう年だから」「最近、もの忘れがひどくて」「頭が働かなくなってきた」 聖書は、口から出る言葉を軽く扱いません。 「死と生とは舌に支配される」箴言 18:21 (口語訳) 言葉は現実をなぞるだけのものではありません。現実をかたちづくっていきます。衰えを自分に向かって語り続けるとき、私たちは知らぬ間に、神がお書きになったことのない筋書きに「そのとおりです」と...