巨人は、あなたの糧

問題をどう見るかによって、その問題の中にとどまる時間の長さが決まります。
十二人の斥候が約束の地に入ったとき、そのうちの十人は震えながら戻ってきました。豊かな実りを見たのは確かです。けれども同時に、高い城壁と巨人たちも見てしまったのです。そして彼らは言いました。自分たちは、いなごのようだ、と。
ところが、ヨシュアとカレブの二人は、まったく同じ巨人を見ながら、まったく違う結論にたどり着きました。
二人は、巨人がいないと言い張ったのではありません。ただ、献立を書き替えたのです。「彼らはわたしたちの食物だ」と。
食物は、食べるものです。食べれば力になります。食べた分だけ、体は強くなります。
あなたが「巨人」に出会うとき——それが経済的な行き詰まりであれ、健康の不安であれ、人間関係のもつれであれ——そこには選択があります。踏みつぶされる寸前のいなごとして自分を見るのか。それとも巨人を見上げて、「この問題は、わたしの信仰の糧になる。入ったときより強くなって、ここから出ていく」と言うのか。
神は、その心意気を喜ばれました。自分を犠牲者と見た十人は、ついにあの地を踏むことがありませんでした。巨人を食卓の一品と見た二人は、地に入っただけでなく、その地で栄えたのです。
あなたの困難は、あなたを食い尽くすためにあるのではありません。あなたが食べて、力に変えるためにあります。
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