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検索語: “決断”

9件の記事が見つかりました

賢い人が道を誤る理由

わたしたちはしばしば、学識と知恵を取り違えます。 学識とは、事実を積み上げることです。知識を蓄え、データを分析し、試験に合格する力のことです。それは確かに尊いものですが、自分の器の大きさを超えることはできません。知恵は、それとは違います。知恵とは、その知識を用いる力です。分析する頭の働きを飛び越えて、ふいに与えられる明るさのことです。 聖書は語ります。ソロモンの知恵は大学から出たものではなく、神か...

神はわたしに失望しているのか

また、やってしまいました。そのとき真っ先に心をよぎったのは、失敗そのもののことではありませんでした。神のことでした。「きっと、神はわたしに失望しておられる」。 この一言は、信じる者なら誰しも、どこかの時点で胸の奥に抱えるものです。無神論者の堂々とした反論でもなく、神学者の議論でもありません。声に出さず、ひとりでしまい込んでおく恐れ——自分を救ってくださったその神が、今は自分を見て首を横に振っておら...

新しくされる心は、同意から始まる

心が新しくされるのは、たいてい努力からではありません。始まりは同意です。何に自分の考え方を形づくらせるか、そこから始まります。 パウロはこう言います。 「あなたがたは、この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造りかえられ、」ローマ人への手紙 12:2 (口語訳) この世に合わせることは、放っておけば起こります。新しくされることは、選び取るものです。 ダビデはそれを知っていま...

ヘセド ― 追いかけてやまない神の愛

ヘブライ語聖書には、日本語のどの一語にも収まりきらない言葉があります。「あわれみ」「いつくしみ」「変わらない愛」「誠実」「真実」。訳者たちはさまざまに訳し分けてきました。どの訳語も、その一面はとらえています。けれども、すべてをとらえた訳語はひとつもありません。 その言葉が (ヘセド) חֶסֶד — 「契約に根ざした、絶えることのない愛」です。 旧約聖書に二百五十一回現れます。詩篇を満たし、ルツの...

啓示は、備えられた人生を開く

海を渡る船の中で、下の船室にこもり、ビスケットだけをかじって過ごした男がいました。食事は船賃に含まれていたのに、そのことを知らなかったのです。食べ物ははじめから彼のものでした。ただ、知らなかっただけなのです。 多くの信者が、これと同じ旅をしています。祝福が足りないからではありません。足りないのは、光なのです。 パウロはこう書きました。 「神の召しによって与えられる望みがどんなものであるか、聖徒たち...

知恵は、時を買い戻す富

私たちは、失敗を避け、重圧を振り切り、「正しい」選択をしようとして、ずいぶんな力を使います。けれども、もっと良い道があります。 「あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は……神に願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう」ヤコブの手紙 1:5 (口語訳) 知恵とは、頭の良さではありません。神によって形づくられた洞察です。誤った戦い、誤った関わり、誤った約束に足を踏み入れずに済...

建てる人から、仕上げる人へ

わたしたちは、始まりが好きです。新しい思いが走り出すときの高鳴り。最初の一歩を踏み出すときの胸の躍り。「さあ、行こう」という熱。 けれども、主イエスはこう教えられました。 「あなたがたのうちで、だれかが邸宅を建てようと思うなら、それを仕上げるのに足りるだけの金を持っているかどうかを見るため、まずすわって、その費用を計算しないであろうか」 ルカによる福音書 14:28 (口語訳) 多くの夢が崩れるの...

知ることから、なることへ

義とされていると知っていることと、義とされた者として生きることの間には、隔たりがあります。 神は義を賜物と呼ばれます(ローマ人への手紙 5:17)。けれども、贈り主を信頼できなければ、賜物は包みを解かれないまま、置きっぱなしになってしまいます。 「自分は義とされている」と口では言いながら、内側では、ふさわしくない、後ろめたい、神から遠い——そんな思いを抱えていることがあります。 けれども義は、頭か...

今の姿が、その子ではありません

親でいると、心がふっと揺さぶられる瞬間があります。 思いもしなかった決断を、わが子がしていきます。態度が変わります。選びがずれていきます。そして、ふと思うのです。この子は、こういう人になっていくのだろうか、と。 わたし自身、娘に対してそれを感じたことがあります。育ててきた価値観とは似ても似つかない振る舞いが続く季節がありました。すぐに反応し、正し、ルールを厳しくして、どうか何かが届いてほしいと願う...