私たちは、失敗を避け、重圧を振り切り、「正しい」選択をしようとして、ずいぶんな力を使います。
けれども、もっと良い道があります。

「あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は……神に願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう」
ヤコブの手紙 1:5 (口語訳)

知恵とは、頭の良さではありません。
神によって形づくられた洞察です。
誤った戦い、誤った関わり、誤った約束に足を踏み入れずに済む、澄んだ見通しです。

ソロモンは、ひとつの素朴な祈りをささげました。

「聞きわける心をしもべに与えて……ください」
列王紀上 3:9 (口語訳)

すると神は、どれほど富を積んでも買えないものを、彼にお与えになりました。

知恵は、決断を助けるだけのものではありません。
時を買い戻すのです。

パウロはこう書いています。

「賢くない者のようにではなく、賢い者のように歩き、今の時を生かして用いなさい」
エペソ人への手紙 5:15-16 (口語訳)

口語訳が「今の時を生かして用いなさい」と訳した箇所には、(エクサゴラゾー) ἐξαγοράζω — 「買い取る、贖い出す」という語が使われています。市場で代価を払い、自分のものとして取り戻す、という響きを持つ言葉です。

昨日を取り返すことはできません。
けれども知恵は、明日までも失うことから、あなたを守ります。

繰り返される同じ型から、夫婦の歩みを守ります。
要らぬ傷から、子育てを守ります。
燃え尽きるのではなく築き上げるよう、働きを支えます。
大切なものを示し、そうでないものから自由にします。

知恵は、揺らがない日々の背後にある、静かな富です。

そして銀河を形づくられた神が、それを惜しみなく差し出しておられます。

知恵とは、明日の明るさを今日のうちに神が与えてくださることです。