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検索語: 信じること

8件の記事が見つかりました

聖書は「考えすぎ」に何と言うか

頭が止まってくれません。夜、床に入ると、思いの群れが口々に叫び出します。交わした会話を何度も巻き戻し、まだ起きてもいない災いを予行演習し、存在してもいない問題を解こうとする。そして止めようとすればするほど、頭の中の音量は上がっていきます。 聖書には、この状態を指す言葉があります。いいえ、二つあります。 ギリシャ語の (メリムナオー) μεριμνάω — 「いくつにも分けられる」。十の方向へ引き裂...

救は、いつも「今」

神は「おできになる」と信じることに、私たちはあまり苦労しません。難しいのは、「してくださる」と信じること、しかもそれを今信じることです。 けれども主イエスは、救を遠い未来に置かれたことがありません。いつも、その人の「今」の中に踏み込んでこられました。 足もとで震える女に向かって、「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです」マルコによる福音書 5:34 (口語訳) 木の上のザアカイに向かって、「きょ...

神はわたしに失望しているのか

また、やってしまいました。そのとき真っ先に心をよぎったのは、失敗そのもののことではありませんでした。神のことでした。「きっと、神はわたしに失望しておられる」。 この一言は、信じる者なら誰しも、どこかの時点で胸の奥に抱えるものです。無神論者の堂々とした反論でもなく、神学者の議論でもありません。声に出さず、ひとりでしまい込んでおく恐れ——自分を救ってくださったその神が、今は自分を見て首を横に振っておら...

アガペーとは何か — 条件をつけない神の愛

ギリシア語には、愛を表す言葉が四つあります。日本語には、ひとつしかありません。このささやかな違いが、歴史上のどんな神学論争にも劣らないほど、神についての誤解を生んできました。 夫が妻に「愛している」と言い、その同じ口で「ピザが大好きだ」と言う。日本語はどちらも同じ棚に並べてしまいます。ギリシア語はそうしません。ギリシア語には、神の愛だけを指す言葉があるのです。あまりに独特なので、初代のクリスチャン...

主が今も指摘なさる二つのこと

主イエスは、エマオの途上の弟子たちに、道徳や努力の話をなさいませんでした。もっと深いところに語りかけられました。 「ああ、愚かで心のにぶいため、預言者たちが説いたすべての事を信じられない者たちよ」 ルカによる福音書 24:25 (口語訳) 指摘は二つ。そして、それは今も変わりません。 愚かさ — 頭の出来が足りなかったからではありません。すでに手にしていた聖書を、彼ら自身が分かっていなかったからで...

実は、力みではなく、つながりから

私たちはよく、行いを整えることで自分を変えようとします。もっと厳しい習慣、もっと強い意志、もっと固い自制。 けれども主イエスは、もっと素朴な絵を示されます。 「もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる」ヨハネによる福音書 15:5 (口語訳) 豊かに実を結ぶ枝は、歯を食いしばった結果ではありません。ぶどうの木につながったまま、そこにいた...

失敗は失格ではありません

失敗は、人があなたを見る目を変えます。けれども、主イエスがあなたを見るまなざしは変わりません。 復活のあと、ペテロは思いがけないことをしました。漁に戻ったのです。 忠誠を誓った人でした。決して主を知らないとは言わない、と約束した人でした。そして、人々の目の前で失敗した人でした。 それなのに聖書は、ヨハネによる福音書21章を叱責からではなく、朝の食事から始めます。 「イエスが岸に立っておられた」 ヨ...

恵みだけが変えられるもの

聖書は、意志の力で罪と戦いなさいとは、ひとことも言っていません。むしろ、この真理のうちに憩いなさいと招いています。 「なぜなら、あなたがたは律法の下にあるのではなく、恵みの下にあるので、罪に支配されることはないからである。」ローマ人への手紙 6:14 (口語訳) 律法は、問題を指し示します。恵みは、その問題から解き放ちます。 恵みによって解放された人が、何か月も、何年もたってから証しを書くことが多...