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検索語: “実を結ぶこと”

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三十倍は、負けではない

最初の刈り入れを終えた農夫が、畑を歩いてまわります。まいた種一粒につき、実った粒は三十。それでも彼は、畑を掘り返したりはしません。もう一度、種をまくのです。 種まきのたとえを読むとき、私たちの多くは一足飛びに百倍を望みます。三十倍はびりのように聞こえ、六十倍は「あと一歩」のように聞こえます。 マタイは収穫を大きい数から並べています。マルコは小さい数から並べています。 「ほかの種は良い地に落ちた。そ...

死に至る実か、神に至る実か

いちじくの木と実について言い争う人はいません。枝を見て、そこに何が下がっているかを見れば、それがどんな木なのかが分かります。 パウロもローマ人への手紙 7 章で同じ物差しを用います。律法について何を信じているか、とは尋ねません。あなたの人生が何を結んでいるかを問うのです。 「わたしたちが肉にあった時には、律法による罪の欲情がわたしたちの肢体のうちに働いていて、死のために実を結ばせた。」 ローマ人へ...

律法の下ではなく、恵みの下に

律法は、何をすべきかを告げます。恵みは、何がすでに成し遂げられたかを告げます。一方はあなたから取り立て、もう一方はあなたに供給します。そして聖書は、わたしたちが今どちらの下に生きているのかを、少しもあいまいにしていません。 ローマ人への手紙6章14節を耳にしたことのある方は多いでしょう。けれども、その一節が何を宣言しているのかに立ち止まった方は、そう多くありません。パウロは「律法と恵みのつり合いを...

燃え尽きたあなたへ、休んでよいのです

天から火を呼び下した預言者がいました。四百五十人の偽預言者を相手に、国を挙げた対決に勝ちました。王の戦車を追い越して走りました。その翌日、彼は神に、わたしの命を取ってくださいと願いました。 それが燃え尽きです。才能の不足ではありません。信仰の不足でもありません。人格の破れでもありません。燃え尽きとは、注ぎ出す量が、注がれる量を超えたときに起こることです。そして聖書は、多くの人が思うよりもずっとやさ...

実は、力みではなく、つながりから

私たちはよく、行いを整えることで自分を変えようとします。もっと厳しい習慣、もっと強い意志、もっと固い自制。 けれども主イエスは、もっと素朴な絵を示されます。 「もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる」ヨハネによる福音書 15:5 (口語訳) 豊かに実を結ぶ枝は、歯を食いしばった結果ではありません。ぶどうの木につながったまま、そこにいた...

良いわざが生まれる場所

律法は実を要求します。恵みは実を結ばせます。 主イエスは言われました。 「良い木が悪い実をならせることはなく、悪い木が良い実をならせることはできない」マタイによる福音書 7:18 (口語訳) 実は、力ずくで生らせるものではありません。木の内側に流れている命が、おのずと結ばせるものです。 パウロはこう書いています。 「あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神である」ピ...