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検索語: “人の努力”

7件の記事が見つかりました

自信のない自分に、聖書は何と言うか

ギデオンは酒ぶねの中に身を隠していました。モーセは「どうか、ほかの人を」と神に願いました。エレミヤは「わたしはまだ若い」と言いました。神に召された三人。そのだれもが、自分こそこの務めにふさわしくない人間だと思い込んでいたのです。 自信のなさは、現代に生まれた病ではありません。SNSや人事評価とともにやって来たものでもありません。それは堕落のときから人と共にありました。アダムとエバが神を避けて身を隠...

聖書は「考えすぎ」に何と言うか

頭が止まってくれません。夜、床に入ると、思いの群れが口々に叫び出します。交わした会話を何度も巻き戻し、まだ起きてもいない災いを予行演習し、存在してもいない問題を解こうとする。そして止めようとすればするほど、頭の中の音量は上がっていきます。 聖書には、この状態を指す言葉があります。いいえ、二つあります。 ギリシャ語の (メリムナオー) μεριμνάω — 「いくつにも分けられる」。十の方向へ引き裂...

ふたりの子、ふたつの生き方

人生の歩み方には、二つの道があります。そしてその二つは、はるか昔に生まれたふたりの子によって示されています。 使徒パウロは、アブラハムの家族の物語は単なる歴史ではないと語ります。それは象徴であり、比喩です。(allēgoreō) ἀλληγορέω — 「比喩で語る」という言葉が、そこで用いられています。 すなわち、アブラハムにふたりの子があり、ひとりは女奴隷から、ひとりは自由の女から生れた、と書...

あなたの未来は守られている

あなたの未来が確かなのは、救いがあなたにではなく、キリストに支えられているからです。 人の努力の上に立つ希望は、もろいものです。けれども感謝なことに、信じる者は恐れではなく喜びをもって、先を見つめることができます。 パウロはこう書いています。 「神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる」ローマ人への手紙 5:2 (口語訳) おののくのではなく、喜ぶ。ぐらつく不安ではなく、確かな望み。 なぜでしょう...

福音は重荷ではなく、自由を

新約聖書は、二種類の教えをはっきりと分けています。 一方は自由をもたらします。もう一方は重荷を負わせます。 パウロは幾度もこの問題に向き合いました。福音に規則や儀式、人の努力を混ぜ込みはじめた人たちがいたのです。耳には信心深く響きました。けれども、そこにいのちはありませんでした。 パウロはこう書いています。 「自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。だから、堅く立って...

力尽きるとき、恵みは流れる

イスラエルは、カデシ・バルネアでの不信仰ののち、荒野を三十八年さまよいました。 「…戦う民の世代がことごとく絶え果てるまで…」申命記 2:14 (NKJV より私訳) 「戦う民」— (anshei hammilchamah) אַנְשֵׁי הַמִּלְחָמָה —「戦いの人々」とは、人の努力を表しています。祝福は、強さによって、鍛錬によって、成果によって手に入るのだという思いです。 そして...

いやしは父の心

会堂での、ある一場面。そこに、神をどう見るかという、正反対のふたつの眼差しが浮かび上がります。 十八年ものあいだ腰が曲がったままの女性が、入ってきます。イエスは彼女を呼び寄せ、その上に手を置き、まっすぐな体へと戻してくださいました。 ところが、会堂司は憤ってこう言うのです。 「働くべき日が六日間ある。その間に来て、なおしてもらうがよい。安息日にはいけない」ルカによる福音書 13:14 (口語訳)...