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検索語: 神の備え

7件の記事が見つかりました

譲り渡された権威

法的に、あるいは制度として見るとき、権威とは感じ取るものではなく、代表するものです。主イエスは「いっさいの権威」がご自分に与えられたと言われ、そのうえで、その立場をご自分に従う者たちに委ねられました。 「わたしはあなたがたに、へびやさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたので、あなたがたを害するものは、決して何もない」 ルカによる福音書 10:19 (口語訳) これは実務としての委譲...

福音の主役はあなたではありません

福音を語るとき、まず人間の罪や欠けから話し始める人は少なくありません。けれどもパウロは、まったく別のところから語り出しました。 「神の義が、その福音の中に啓示され」ローマ人への手紙 1:17 (口語訳) 福音が照らし出すのは、あなたの失敗ではありません。神の備えです。あなたの罪は、なぜ救いが必要なのかを教えます。けれども神の義は、その救いがどうして成り立つのかを教えるのです。 一方は、問題を明らか...

旅路が遠すぎるとき

燃え尽きは、いつも罪とはかぎりません。ときにそれは、ただ体の道理です。 わたしたちは疲れ果てても、立ち止まることを弱さの証拠のように思って、무理を押し通そうとします。もっと働こう、もっと長く祈ろう、とにかくやり遂げよう——そう自分に言い聞かせるのです。 けれども神は、わたしたち自身よりもはるかに現実的に、人の限界をご存じです。 エリヤが荒野で倒れ伏したとき、神は「起き上がってもっと励め」とは言われ...

カリスとは何か——「恵み」の意味を一変させるギリシア語

多くの人は「恵み」を、受けるに値しない者への好意、と説明します。間違いではありません。けれども、まだ足りません。ローマを訪れて噴水をひとつ眺め、これが街のすべてだと言うようなものです。 新約聖書で「恵み」と訳されている言葉は (カリス) χάρις — 「恵み、好意、賜物」です。新約に百五十六回、百四十七の節に現れます。パウロが用い、ヨハネは福音書の序文をこの語を軸に組み立て、ルカはイエスの口から...

備えは幻の中に隠されている

私たちはよく、神に「備え」を求めて祈ります。けれども聖書の中で、神はもっと深いところを指し示し続けておられます。 イザヤ書一章一節で、預言者は自分が受け取ったものを (ハーゾーン) חָזוֹן — 「幻」と呼んでいます。口語訳では「幻」と訳されている言葉、神から与えられた幻です。その背後にある動詞 (ハーザー) חָזָה — 「見る」 には、ただ「見る」というだけでなく、「見きわめて備える」と...

心の向きが、人生をつくる

心の持ちよう——マインドセットは、私たちが気づいていないときでさえ、すべてを形づくっていく力の一つです。聖書はそれを 「心を新たにすることによって、造りかえられ」ローマ人への手紙 12:2 (口語訳) と語ります。思うということは、受け身の営みではありません。人を造り上げていく営みなのです。 いちばん簡単に言えば、心の持ちようとは、あなたが人生をどう見るか、そのまなざしのことです。 だれにでも、そ...

カイロス:神が定めた時、神が備えた場所

「たまたま」その人と出会った。しかもそれは、まさに自分がその出会いを必要としていた時だった——そんな瞬間を、あなたも覚えているのではないでしょうか。聖書には、その瞬間を指す言葉があります。(カイロス) καιρός — 「定められた時、ちょうどよい機会」 神は、ご自分の民の歩みの中に、こうした時を織り込んでおられます。行き当たりばったりではありません。偶然でもありません。運でもありません。 それは...