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王はまず、筆を執る
旧約の時代、神は王座に着く者に、一風変わった命令をお与えになりました。まず軍を増やせとも、宮殿を高く築けとも言われません。筆を執りなさい、と言われたのです。 「彼がその国の王座に座するようになったならば、彼はこの律法の写しを、自分のために一つの書物に書きしるさなければならない。……それを身近く置き、生きながらえる日の間、常にそれを読まなければならない。」 申命記 17:18-19 (NKJV より...
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旧約の時代、神は王座に着く者に、一風変わった命令をお与えになりました。まず軍を増やせとも、宮殿を高く築けとも言われません。筆を執りなさい、と言われたのです。 「彼がその国の王座に座するようになったならば、彼はこの律法の写しを、自分のために一つの書物に書きしるさなければならない。……それを身近く置き、生きながらえる日の間、常にそれを読まなければならない。」 申命記 17:18-19 (NKJV より...
古代アテネの両替商は、削られた貨幣と向き合わなければなりませんでした。柔らかい金属の縁をそっと削り取り、少しずつ価値をかすめ取る者がいたのです。そうした貨幣を受け取らなかった両替商は、(ドキモス) δόκιμος — 「試されて認められた」と呼ばれました。誠実さを試され、その試しに合格した人、という意味です。 「あなたは真理の言葉を正しく教え、恥じるところのない働き人になって、神に自分をささげるよ...
指導者たるもの、声が大きくなければならない——そんな思い込みがあります。私たちは強さと荒々しさを取り違え、静かさを弱さと決めつけてしまいます。映画の主人公が物を壊しながら危機を救う姿を見て、夫婦のあいだも、子どもとの関係も、部下との関わりも、そうやって扱うものだと思い込むのです。 けれども、力ずくで人の心が変わることは、めったにありません。変わるのは態度だけ、それも表向きのことです。 もし本当に誰...
私たちは旧約聖書を読むとき、これは昔の農耕の知恵だと、つい脇に置いてしまいます。 たとえば申命記 25:4。「脱穀をする牛に、くつこを掛けてはならない」申命記 25:4 (口語訳)。「くつこ」とは、家畜が餌を食べないように口に掛ける籠のことです。 いかにも、家畜をいたわりなさいという規則に聞こえます。事実、そのとおりです。けれども使徒パウロは、神がここで教会の報酬についての原則を立てておられるのだ...
何かが順調に育っていくとき、人はよく、運や才能やタイミングのおかげだと言います。けれども聖書は、いつも別のものに目を向けさせます。 「家は知恵によって建てられ、悟りによって堅くせられ、」箴言 24:3 (口語訳) 国は、知恵ある指導者の力によって立ち上がります。家庭は、柔和な導き手のもとで癒されていきます。地域は、よく牧される時に花を咲かせます。 すぐれた導きは、決して自分に目を向けさせません。そ...
聖書の中に、神が指導者たちに向かって語られる箇所があります。やさしい言葉ではありません。ぼかしてもおられません。痛いほど、はっきりしています。 「あなたがたは弱った者を強くせず、病んだ者をいやさず」エゼキエル書 34:4 (口語訳) 神は、説教の内容が間違っていると責められたのではありません。いやさなかったことを責められたのです。 神にとって、羊を飼うとは、昔から二つのことでした。養うこと、そして...
私たちはよく、神に「備え」を求めて祈ります。けれども聖書の中で、神はもっと深いところを指し示し続けておられます。 イザヤ書一章一節で、預言者は自分が受け取ったものを (ハーゾーン) חָזוֹן — 「幻」と呼んでいます。口語訳では「幻」と訳されている言葉、神から与えられた幻です。その背後にある動詞 (ハーザー) חָזָה — 「見る」 には、ただ「見る」というだけでなく、「見きわめて備える」と...