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頭で読むか、心で読むか
聖書を開き、山のような知識を積み上げながら、その著者にはついに出会わない——そういうことが起こり得ます。神学校を優秀な成績で卒業し、頭は満ち足りているのに、心は空っぽのまま、ということも。 聖書は「知識は人を誇らせ」ると告げます(コリント人への第一の手紙 8:1 口語訳より)。誇らせるのが知識なら、人を建て上げるのは啓示です。その違いは頭の良し悪しにあるのではありません。心の姿勢にあるのです。 「...
検索語: “謙遜”
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聖書を開き、山のような知識を積み上げながら、その著者にはついに出会わない——そういうことが起こり得ます。神学校を優秀な成績で卒業し、頭は満ち足りているのに、心は空っぽのまま、ということも。 聖書は「知識は人を誇らせ」ると告げます(コリント人への第一の手紙 8:1 口語訳より)。誇らせるのが知識なら、人を建て上げるのは啓示です。その違いは頭の良し悪しにあるのではありません。心の姿勢にあるのです。 「...
シナイ山で、イスラエルは仲立ちをする人を求めました。 神が山の上に降られ、人々はそのふもとに立っていました。けれども彼らは、自分から近づこうとせず、モーセを前に押し出したのです。 「あなたがわたしたちに語ってください。わたしたちは聞きます。神がわたしたちに語られぬようにしてください。それでなければ、わたしたちは死ぬでしょう」 出エジプト記 20:19 (口語訳) この本能は、今も私たちから離れてい...
使徒パウロは、使徒たちの中でも最も偉大な人物と見られています。新約聖書の多くの書簡は、彼の筆によるものです。働きが広がるにつれて、その自信もまた高まっていった——そう思うのが自然でしょう。 ところが、彼の手紙を書かれた順に並べてみると、まったく逆の軌跡が浮かび上がります。 働きの初めのころ、コリントの人々にあてた手紙で、彼は自分を他の指導者たちと比べています。「わたしは、使徒の中で最も小さい者であ...
旧約の時代、神は王座に着く者に、一風変わった命令をお与えになりました。まず軍を増やせとも、宮殿を高く築けとも言われません。筆を執りなさい、と言われたのです。 「彼がその国の王座に座するようになったならば、彼はこの律法の写しを、自分のために一つの書物に書きしるさなければならない。……それを身近く置き、生きながらえる日の間、常にそれを読まなければならない。」 申命記 17:18-19 (NKJV より...