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キリストの思い
もの忘れや思考の鈍り、頭にかかる霧のようなものを、わたしたちは人生の当たり前として受け入れてしまいがちです。「もう年だから」「自分にはそこまでの頭はないから」と。 けれども、わたしたちの本当の身元がイエスにつながっているのなら、その中には、わたしたちの思いも含まれています。 神がアダムを造られたとき、彼には輝くような知性がありました。数えきれないほどの生き物の一つひとつに、その本性を見抜いて名をつ...
検索語: “キリストの思い”
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もの忘れや思考の鈍り、頭にかかる霧のようなものを、わたしたちは人生の当たり前として受け入れてしまいがちです。「もう年だから」「自分にはそこまでの頭はないから」と。 けれども、わたしたちの本当の身元がイエスにつながっているのなら、その中には、わたしたちの思いも含まれています。 神がアダムを造られたとき、彼には輝くような知性がありました。数えきれないほどの生き物の一つひとつに、その本性を見抜いて名をつ...
多くの人は、霊の救いと体のいやしについては熱心に語ります。けれども思いについては、衰えていくのが当たり前だと受け入れてしまいます。まるで、そこだけは神が手をつけずに残されたかのように。 けれども聖書は、まさにその領域について、はっきりと語っています。 「しかし、わたしたちはキリストの思いを持っている。」コリント人への第一の手紙 2:16 (口語訳) ここで「思い」と訳されている語は (ヌース) ν...
人は一生をかけて「何者か」になろうとします。けれども福音は、あなたはすでにそうなのだ、と告げます。 救われたとき、あなたが受け取ったのは課題ではありません。新しい身分です。神は「ふさわしい者になりなさい」と、やるべきことの一覧を手渡されたのではありません。あなたをキリストのうちに置き、「すべては終った」と言われたのです。 問題は、多くの信じる者がなお古い身分から生きていることです。すでに受け入れら...
敵がもっとも巧みに使う道具のひとつは、「私」という一人称です。 暗い思いが心に入ってきます。恐れの思い、依存の思い、絶望の思い。すると次の瞬間、あなたはこう考えます。「私は依存症だ」。「私は落ち込んでいる」。「私は正気を失いかけている」。 あなたはその思いを自分のものとして引き受け、自分の正体として受け入れてしまうのです。けれども、戸をたたく者がいるからといって、その人がその家に住んでいるわけでは...
身のまわりで、こんな言葉をよく耳にします。「もう年だから」「最近、もの忘れがひどくて」「頭が働かなくなってきた」 聖書は、口から出る言葉を軽く扱いません。 「死と生とは舌に支配される」箴言 18:21 (口語訳) 言葉は現実をなぞるだけのものではありません。現実をかたちづくっていきます。衰えを自分に向かって語り続けるとき、私たちは知らぬ間に、神がお書きになったことのない筋書きに「そのとおりです」と...