人は一生をかけて「何者か」になろうとします。けれども福音は、あなたはすでにそうなのだ、と告げます。

救われたとき、あなたが受け取ったのは課題ではありません。新しい身分です。神は「ふさわしい者になりなさい」と、やるべきことの一覧を手渡されたのではありません。あなたをキリストのうちに置き、「すべては終った」と言われたのです。

問題は、多くの信じる者がなお古い身分から生きていることです。すでに受け入れられているのに、受け入れられようとして励みます。すでに与えられている座に、なお登りつめようとします。

これから記すのは、キリストにあるあなたが何者かを語る三十の事実です。聖書に根ざし、ギリシア語とヘブライ語の原語をたどり、恵みの光のもとで説き明かします。これは自分に言い聞かせる言葉ではありません。十字架において打ち立てられた、動かしがたい現実です。


行いよりも身分が先にある理由

すべてのふるまいは、身分から流れ出ます。自分は望まれていないと思い込んだ子は、そのように振る舞います。愛されていると知っている子は、そのように生きます。行いが身分をつくるのではありません。身分が行いを生むのです

パウロが手紙を命令から始めないのは、そのためです。彼はまず身分を語ります。エペソ人への手紙の最初の三章には、命令が一つもありません。あるのは宣言だけです。あなたは祝福され、選ばれ、子とされ、証印を押され、共に座につかされている——。命令が現れるのは四章に入ってからで、しかもそれは「そういうわけで」という言葉から始まります。

世は言います。善を行え、そうすれば善い者になる、と。福音は言います。あなたはキリストにあってすでに善い者とされている、その場所から良い実は自然に実る、と。

「わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。」
エペソ人への手紙 2:10 (口語訳)

まず、あなたは神の作品です。良いわざは神があらかじめ備えられました。あなたはその中を歩むのです。自分でこしらえるのではありません


すべてを変えた一つのギリシア語

「キリストにあって」という言葉は、新約聖書に百三十回以上現れます。パウロが何よりも好んで用いた表現です。その前置詞は (en) ἐν —「…の中に、…の内に」。働きではなく位置を、努力ではなく場所を語る言葉です。

パウロが「あなたがたはキリストにある」と言うとき、それは、主イエスが父との間に持っておられる立場と交わりに、あなたも同じようにあずかっているということです。あなたはキリストのそばにいるのではありません。キリストのうちにいるのです。しかも、神ご自身の手で置かれたのです。

「あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。」
コリント人への第一の手紙 1:30 (口語訳)

「神によるのである」——ここが要です。あなたをキリストのうちに置いたのは神のみわざでした。よじ登ったのではなく、置かれたのです。そして置かれた者に、キリストは四つのものとなられました。知恵、義、聖、あがない。御方と一つの包みで届いたのです

(kainos) καινός —「新しい」— は、繕い直された新しさではありません。種類からして全く新しい、という意味です。(ktisis) κτίσις —「創造、造られたもの」— は、神だけがなしうるわざを指します。二つ合わせた (kainē ktisis) καινὴ κτίσις は、キリストが死人の中からよみがえられるまで、この世に存在しなかった種を指しています。

「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」
コリント人への第二の手紙 5:17 (口語訳)

あなたは古い自分の改良版ではありません。まったく新しく造られた者です。


キリストにあるあなたについての30の事実

1. あなたは新しく造られた者です

「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」
コリント人への第二の手紙 5:17 (口語訳)

アダムから生まれ、罪に色づけられ、失敗に縛られていた古い自分は、もういません。その人は十字架でキリストと共に死にました。今日生きているあなたは神から生まれた者であり、まったく新しい者です。

2. あなたは神の義です

「神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。」
コリント人への第二の手紙 5:21 (口語訳)

ギリシア語の (dikaiosynē) δικαιοσύνη は「正しい立場、法廷での承認」を意味します。道徳的なふるまいのことではなく、立場のことです。神はあなたの記録をご覧になりません。主イエスの血をご覧になります。主があなたの罪を負われたゆえに、あなたは主の義を受けました。貸与ではなく、永遠に取り消されない贈り物として。

3. あなたは価なしに義とされました

「彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。」
ローマ人への手紙 3:24 (口語訳)

口語訳が「価なしに」と訳す語は (dōrean) δωρεάν。ヨハネによる福音書 15:25 で、主が「理由なしに」憎まれたと語られるときの語と同じです。つまりあなたは、自分の側にはひとかけらの理由もないまま義とされました。資格はなかったのです。恵みがあなたを資格ある者としました

4. あなたはすべての罪をゆるされています

「わたしたちは、この御子にあって、神の豊かな恵みのゆえに、その血によるあがない、すなわち、罪過のゆるしを受けたのである。」
エペソ人への手紙 1:7 (口語訳)

すべての罪とは、過去も、現在も、未来も、という意味です。主が死なれたとき、あなたの罪はことごとくまだ先のものでした。その一つとして十字架から漏れてはいません。神には、もうあなたを責める材料が残っていないのです

5. あなたは神の子とされています

「わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けようと、御旨のよしとするところに従い、あらかじめ定めて下さったのである。」
エペソ人への手紙 1:5 (口語訳)

「神の子たる身分」と訳された語は (huiothesia) υἱοθεσία。(huios) υἱός —「子」— と (tithēmi) τίθημι —「置く」— から成り、「子として置かれること」を意味します。ローマの法では、養子は実子と同じ権利を持ち、二度と取り消されず、負債は帳消しにされ、新しい名を受けました。神はあなたをご自身の子として置かれました。権利は満額、立場は永続です。

6. あなたは聖霊の証印を押されています

「あなたがたもまた、キリストにあって、真理の言葉、すなわち、あなたがたの救の福音を聞き、また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのである。」
エペソ人への手紙 1:13 (口語訳)

古代世界において印は、所有を示し、本物であることを保証しました。あなたの安全は、あなたの強さにかかってはいません。神の印にかかっています。

7. あなたは天上でキリストと共に座についています

「キリスト・イエスにあって、共によみがえらせ、共に天上で座につかせて下さったのである。」
エペソ人への手紙 2:6 (口語訳)

過去形であることに目を留めてください。神はすでにあなたをキリストと共に座らせておられます。位置においては、あなたはもうそこにいるのです。地上でのふるまいは、その座から流れ出ていきます。

8. あなたは罪に定められません

「こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は、罪に定められることがない。」
ローマ人への手紙 8:1 (口語訳)

ここで「ない」と訳された語は (ouden) οὐδέν —「ただの一つもない」。あなたに残された罪状は一つもありません。昨日のことも、明日のことも。判決はすでに下されました。あなたは無罪です

9. あなたは神の作品です

「わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。」
エペソ人への手紙 2:10 (口語訳)

「作品」と訳された語は (poiēma) ποίημα。「詩」を意味する語の源にもなった言葉です。あなたは神の傑作であり、御手が丹念に仕上げられた芸術です。造られたのは神であって、あなたではありません。

10. あなたはキリストにあって満たされています

「そして、あなたがたは、キリストにあって、それに満たされているのである。彼はすべての支配と権威とのかしらであり、」
コロサイ人への手紙 2:10 (口語訳)

ギリシア語の (plēroō) πληρόω は「縁まで満たす、十分に供給する」という意味です。キリストにあって、あなたに欠けているものはありません。すでに与えられたものに、何かを足す必要もありません。すでに贈られたものを、稼ごうとするのをやめましょう

11. あなたは神の子どもです

「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。わたしたちは、すでに神の子なのである。」
ヨハネの第一の手紙 3:1 (口語訳)

神はまずあなたを僕とは呼ばれません。子と呼ばれます。神の前でのあなたの立場は、気分の浮き沈みで上下しません。生まれによって定まっているのです。

12. あなたは神の相続人です

「もし子供であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと共同の相続人なのである。」
ローマ人への手紙 8:17 (口語訳)

相続人は、遺産のために働きません。生まれによって受け取ります。あなたはキリストと共同の相続人です。つまり、主イエスのものはすべてあなたのものなのです。

13. あなたは聖徒です

「エペソにいる聖徒たち、キリスト・イエスにある忠実な者たちへ。」
エペソ人への手紙 1:1 (口語訳)

「聖徒」の原語は (hagios) ἅγιος —「聖なる者、取り分けられた者」。パウロが彼らを聖徒と呼んだのは、行いが完璧だったからではありません。キリストにある立場のゆえです。あなたも聖なる者です。成績表のゆえではなく、神がそう宣言されたからです

14. あなたは選ばれています

「みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、愛のうちに、」
エペソ人への手紙 1:4 (口語訳)

神は世界が存在する前にあなたを選ばれました。あなたが何かをなしうるより前に、つまずくより前に。その選びは、あなたのふるまいへの反応ではありません。永遠の昔に定められていたのです。

15. あなたはあがなわれています

「わたしたちは、この御子によって、あがない、すなわち、罪のゆるしを受けているのである。」
コロサイ人への手紙 1:14 (口語訳)

「あがない」の原語 (apolutrōsis) ἀπολύτρωσις は「代価を払って解き放つこと」を意味します。あなたは奴隷の身から買い取られました。主イエスは、あなたの負債以上を払われたのです。代価は御自身の血であり、それは十二分でした。

16. あなたは神と和解しています

「もしわたしたちが、敵であった時でさえ、御子の死によって神との和解を受けたとすれば、和解を受けている今は、なおさら、彼のいのちによって救われるであろう。」
ローマ人への手紙 5:10 (口語訳)

神は、あなたが身ぎれいになるのを待たれませんでした。あなたが最も悪い姿のときに和解してくださったのです。関係はすでに回復しています。しかも完全に、永遠に。

17. あなたは王なる祭司です

「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。」
ペテロの第一の手紙 2:9 (口語訳)

旧約において、王は祭司になれず、祭司は王になれませんでした。主イエスはその二つを一つにされました。主にあって、あなたは両方の称号を帯びています。へだてのない近づきと、確かな権威と

18. あなたは律法から自由です

「なぜなら、あなたがたは律法の下にあるのではなく、恵みの下にあるので、罪に支配されることはないからである。」
ローマ人への手紙 6:14 (口語訳)

律法は働きを要求し、失敗を罰しました。恵みはすべてを供給し、キリストの働きをあなたの口座に振り込みます。あなたは今、別の地面に立っているのです

19. あなたは罪に対して死んでいます

「このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。」
ローマ人への手紙 6:11 (口語訳)

「認む」と訳された語は (logizomai) λογίζομαι。「勘定に入れる」という会計用語で、すでに動かない事実として数える、という意味です。神はあなたに、ご自身がすでに成し遂げたことを事実として数えるようにと招いておられます。あなたが死んだのは罪の力に対してではなく、罪の責めに対してです

20. あなたは神に対して生きています

「しかし、あわれみに富む神は、わたしたちを愛して下さったその大きな愛をもって、罪過によって死んでいたわたしたちを、キリストと共に生かし、——あなたがたの救われたのは、恵みによるのである——」
エペソ人への手紙 2:4-5 (口語訳)

あなたは死んでいました。神が生かしてくださいました。これは共同作業ではなく、復活です。神があなたを見られるとき、そこに主イエスを見ておられます。生き、受け入れられ、栄光に輝く姿を。

21. あなたはキリストの思いを持っています

「だれが主の思いを知って、彼を教えることができようか。しかし、わたしたちはキリストの思いを持っている。」
コリント人への第一の手紙 2:16 (口語訳)

知恵をひねり出す必要はありません。あなたはすでにキリストの思いに触れているのです。聖霊は、学びだけでは決して届かない洞察と識別と明晰さを与えてくださいます。

22. あなたは神の宮です

「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。」
コリント人への第一の手紙 3:16 (口語訳)

旧約では、大祭司だけが、しかも年に一度だけ神の御前に入れました。今や神はあなたのうちに住まわれます。しかも永続的に。あなたは至聖所を携えて、どこへでも歩いていくのです

23. あなたはあらゆる霊の祝福に満ちています

「ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、」
エペソ人への手紙 1:3 (口語訳)

「祝福し」は完了した出来事として語られています。これらの祝福は将来の約束ではなく、すでにあなたの口座に振り込まれています。祝福を求めて祈るのではありません。祝福の中から祈るのです。

24. あなたは勝ち得て余りある者です

「しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。」
ローマ人への手紙 8:37 (口語訳)

「勝ち得て余りがある」の原語は (hupernikaō) ὑπερνικάω —「圧倒的な勝利を得る」。勝利者は戦いに勝ちます。勝ち得て余りある者は、勝敗がはじめから問題にならないほど決定的に勝ちます。キリストがすでに勝たれました。あなたの勝利は勝ち取るものではなく、受け継ぐものです

25. あなたのいのちは神のうちに隠されています

「あなたがたはすでに死んだものであって、あなたがたのいのちは、キリストと共に神のうちに隠されているのである。」
コロサイ人への手紙 3:3 (口語訳)

あなたに手を伸ばすには、敵はまず神を、次にキリストを通り抜けねばなりません。あなたのいのちは、二重の神の守りの内側にあります。あなたの未来は保証されています。あなたが神をつかむ手によってではなく、神があなたをつかんでおられる手によって。

26. あなたは天の国籍を持っています

「しかし、わたしたちの国籍は天にある。そこから、救主、主イエス・キリストのこられるのを、わたしたちは待ち望んでいる。」
ピリピ人への手紙 3:20 (口語訳)

「国籍」と訳された語は (politeuma) πολίτευμα —「国家、自分が属する共同体」。あなたの本籍地は天です。地上は仮の宿。ここに住んでいても、身分証はまったく別のことを告げています。

27. あなたは愛する御子にあって恵まれています

「これは、その愛する御子によって賜わった恵みの栄光が、ほめたたえられるためである。」
エペソ人への手紙 1:6 (口語訳)

ここで「恵みを賜わる」と訳される語は (charitoō) χαριτόω —「恵みを注ぐ、深く好意を寄せる」。ルカによる福音書 1:28 で、御使ガブリエルがマリヤに語りかけたときの語と同じです。あなたも同じ恵みを注がれています。神のあなたへの好意は、揺れ動きません

28. あなたはキリストの使者です

「そこで、わたしたちはキリストの使者なのである。神がわたしたちをとおして勧めをなさるのである。」
コリント人への第二の手紙 5:20 (口語訳)

使者は自分を代表しません。王を代表し、遣わした方の権威を携えます。あなたはここに、自分のために立っているのではないのです。

29. あなたは神の愛から引き離されません

「わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。」
ローマ人への手紙 8:38-39 (口語訳)

パウロは存在するものをあらゆる部類にわたって数え上げ、そのどれ一つとして、あなたと神の愛とのつながりを断てないと宣言します。あなたに向けられた神の姿勢を変えられるものは、何一つありません

30. 主が今あられるとおりに、あなたもこの世にあります

「このようにして、愛がわたしたちに全うされているので、さばきの日に確信を持って立つことができる。なぜなら、わたしたちもこの世にあって、彼のように生きているからである。」
ヨハネの第一の手紙 4:17 (口語訳)

これこそ、身分にまつわるすべての真理の総まとめです。ここでの動詞は現在形の (estin) ἐστίν —「今、そうであられる」。ガリラヤの肉体に限られていた「かつての姿」ではありません。よみがえり、栄光を受け、父の右に座し、罪の影すらない「今の姿」です。それが今のあなたの身分です。神の光は、あなたの傷ではなく、あなたの清さを照らし出します


古いアダムと第二のアダム

聖書は、人類に二人の代表者を立てます。第一はアダムです。彼の後に生まれた者はみな、その状態を受け継ぎました。罪、病、死、そして神からの隔たりを。

主イエスは第二のアダムです。よみがえられたとき、主は新しい人類の代表者となられました。キリストを信じる者はみな、アダムの家系からキリストの家系へと移されます。

「アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。」
コリント人への第一の手紙 15:22 (口語訳)

自分が選んだわけでもないのにアダムの堕落が自分に及んだと認めるなら、キリストの勝利もまた、同じだけ完全にあなたに及んでいます。アダムが失ったものを、キリストが取り戻されました。最初の人が壊したものを、第二の人があがなわれたのです

なお罪に傾こうとする部分——聖書が肉と呼ぶもの——は、十字架でキリストと共につけられました。

「わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの古き人がキリストと共に十字架につけられたのは、罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。」
ローマ人への手紙 6:6 (口語訳)

古き人は死にました。弱められたのではなく、死んだのです。敵はあなたの失敗を指さして「何も変わっていない」とささやくでしょう。耳を貸してはいけません。訴える者はすでに敗れています。あなたの身分を決めるのは、あなたの感じ方ではなく、神が成し遂げられたことです。


神があなたをご覧になるとき、そこに何を見ておられるか

主イエスの血は、天そのものにおいて注がれました。

「かつ、やぎと子牛との血によらず、ご自身の血によって、一度だけ聖所にはいられ、それによって永遠のあがないを全うされたのである。」
ヘブル人への手紙 9:12 (口語訳)

「永遠の」の原語は (aiōnios) αἰώνιος —「終わりのない」。このあがないに有効期限はありません。血が天にとどまっているがゆえに、神の目は血の上に注がれ、あなたの罪の上には注がれません。もし神が血を素通りしてあなたの失敗を見つめられるなら、それは御子の犠牲を軽んじることになるでしょう。

贖罪所を指すヘブライ語は (kapporeth) כַּפֹּרֶת、「おおう」を意味する (kaphar) כָּפַר から出た言葉です。パウロはローマ人への手紙 3:25 でギリシア語の (hilastērion) ἱλαστήριον を用います。ギリシア語旧約聖書が贖罪所に当てているのと、まさに同じ語です(口語訳はこれを「あがないの供え物」と訳しています)。神は主イエスを、その贖罪所として立てられました。血を通してあなたをご覧になるとき、神が見ておられるのはあなたの記録ではありません。主イエスが成し遂げられたことの完全さです

「だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。」
ヘブル人への手紙 4:16 (口語訳)

こうあるべきと思う自分ではなく、ありのままの自分で来てください


身分へ向かってではなく、身分から生きる

宗教と福音の違いは、向きの違いです。宗教は言います。これをせよ、そうすれば受け入れられる、と。福音は言います。あなたはすでに受け入れられている、その現実から生きなさい、と。

これは、好き勝手に生きてよいという口実ではありません。むしろ、人を本当に変える唯一の力です。自分が義とされていると知っている人は、それを証明しようともがく必要がありません。罪を見つめる意識はさらに罪を生み、子としての意識は聖さを生みます

パウロはこう記しました。

「すべての人を救う神の恵みが現れた。そして、わたしたちを導き、不信心とこの世の情欲とを捨てて、慎み深く、正しく、信心深くこの世で生活し、」
テトスへの手紙 2:11-12 (口語訳)

恵みが教えるのです。恐れでも、恥でも、責めでもありません。教師は恵みであり、その教科書が、慎み深く、正しく、信心深い歩みを生み出します。動機は恐怖ではなく、愛です。多くをゆるされたと知る者が、多く愛するのです

あなたの身分は、気分にも、失敗にも、成果にも左右されません。それは、もはや取り消されようのない、完成したわざにかかっています。

問いは「わたしは何者か」ではありませんでした。問いはいつでも「わたしは誰のものか」でした。そしてその答えは、十字架で出されたのです。