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検索語: 携挙

5件の記事が見つかりました

この約束は携挙の話ではありません

約束を読み違えた時制で受け取ると、しまい込む引き出しまで間違えてしまいます。 多くの信者が、ローマ人への手紙 8:11 でそれをしています。読んで、一瞬希望がわいて、それからその約束をまるごと未来へ押しやってしまう。「それは携挙のときの話でしょう」と。こうして、この御言葉は「いつの日か」と書かれた引き出しに眠り、火曜日の現実には指一本触れないままになります。 けれども、この節をよく見てください。...

宇宙人か、御使いか

主イエスは、ご自身が再び来られる前の時代は、ノアの生きた日々とよく似たものになると語られました。その時代について、聖書は、堕落した御使いたちが人の姿をとり、女たちと交わったことを記しています。ヘブライ語の本文では、彼らは「神の子たち」と呼ばれています。そしてこの結びつきから、混じり合った種族が生まれました。それが、巨人とも呼ばれる (ネフィリム) נְפִילִים — 「落ちた者たち」です。口語...

終わりの時は、いま

「終わりの時」と聞くと、憶測の種か、あるいは恐れの種として受け止める人が少なくありません。けれども主イエスは、この時代を見分けるための、はっきりと目に見えるしるしを与えてくださいました。戦争、戦争のうわさ、大きな地震、そして世界規模の疫病。主が挙げられたのは、まさに私たちが今日、日々の報道で目にしているものばかりです。 「また恐ろしい事や、天からの物すごい前兆があるであろう。」 ルカによる福音書...

墓を通り越す世代

イエスは、死に対する私たちの見方を根本から変える、一つの区別を語られました。 マルタに向かって語られたとき、主はありふれた慰めの言葉をかけられたのではありません。二つの異なる信者の群れについて、はっきりとした預言をお与えになったのです。 「イエスは彼女に言われた、『わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない...

携挙——主が教会を迎えに来られる時

聖書は、世が暗くなればなるほど、神の民はいよいよ輝くと告げています。 「見よ、暗きは地をおおい、やみはもろもろの民をおおう。しかし、あなたの上には主が朝日のごとくのぼられ、主の栄光があなたの上にあらわれる。」イザヤ書 60:2 (口語訳) そして聖書は、息をのむような一つの瞬間を指し示します。 「わたしたちすべては、眠り続けるのではない。……またたく間に、一瞬にして変えられる。」コリント人への第一...