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検索語: “終末”

5件の記事が見つかりました

上げるのは、頭です

ある人が、寝床から出るより先にスマートフォンを開きます。戦争の記事、地震の速報、新しいウイルス、そして「この指導者は反キリストの特徴にすべて当てはまる」と語る動画を、指先で次々に流していきます。朝食のころには、もう恐れに捕らわれている。それを本人は「識別」と呼んでいます。 しるしは本物です。主イエスご自身が、それは来ると言われました。 「また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、...

啓示を火に入れなさい

ある人が、御使が自分に現れたと語ります。終りの日にあって死に打ち勝つ鍵を、その御使から授かったのだと言います。 その言葉を信じるべきでしょうか。 いいえ。 御使が実在しないからではありません。御使は確かにいます。けれども神は、ご自身の言葉を飛び越えてお働きになる方ではありません。パウロは二千年前に、この問いに決着をつけています。 「しかし、たといわたしたちであろうと、天からの御使であろうと、わたし...

死を見ない世代

テサロニケ人への第一の手紙 4 章で、パウロは同じことを二度言います。わずか三節のうちに、同じ言葉が繰り返されるのです。「生きながらえて残る」。聖書における繰り返しは、書き手の不注意ではありません。強調です。神が一つの箇所で二度言われるとき、それは立ち止まって、よく見なさいという合図です。パウロはこう書いています。 「わたしたちは主の言葉によって言うが、生きながらえて主の来臨の時まで残るわたしたち...

宇宙人か、御使いか

主イエスは、ご自身が再び来られる前の時代は、ノアの生きた日々とよく似たものになると語られました。その時代について、聖書は、堕落した御使いたちが人の姿をとり、女たちと交わったことを記しています。ヘブライ語の本文では、彼らは「神の子たち」と呼ばれています。そしてこの結びつきから、混じり合った種族が生まれました。それが、巨人とも呼ばれる (ネフィリム) נְפִילִים — 「落ちた者たち」です。口語...

携挙——主が教会を迎えに来られる時

聖書は、世が暗くなればなるほど、神の民はいよいよ輝くと告げています。 「見よ、暗きは地をおおい、やみはもろもろの民をおおう。しかし、あなたの上には主が朝日のごとくのぼられ、主の栄光があなたの上にあらわれる。」イザヤ書 60:2 (口語訳) そして聖書は、息をのむような一つの瞬間を指し示します。 「わたしたちすべては、眠り続けるのではない。……またたく間に、一瞬にして変えられる。」コリント人への第一...