聖書は、世が暗くなればなるほど、神の民はいよいよ輝くと告げています。

「見よ、暗きは地をおおい、やみはもろもろの民をおおう。しかし、あなたの上には主が朝日のごとくのぼられ、主の栄光があなたの上にあらわれる。」
イザヤ書 60:2 (口語訳)

そして聖書は、息をのむような一つの瞬間を指し示します。

「わたしたちすべては、眠り続けるのではない。……またたく間に、一瞬にして変えられる。」
コリント人への第一の手紙 15:51–52 (口語訳)

これが携挙です。
主イエスが教会に残してくださった、祝福に満ちた望みです。

これは再臨とは違います。
大患難の前に、キリストがご自身の民を集められる瞬間です。

聖書が示す順序を、順に見ていきましょう。

1. 信じる者は栄光のからだを受けます。

老いることも、衰えることも、朽ちることも、死ぬこともないからだです。

「この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである。」
コリント人への第一の手紙 15:53 (口語訳)

これは比喩ではありません。
文字どおりのことです。
あなたの地上のからだは、今の主イエスと同じ種類のからだへと、一瞬で変えられます。

2. 教会は空中で主にお会いします。

パウロは、この瞬間を喜びをもって描いています。

「生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。」
テサロニケ人への第一の手紙 4:17 (口語訳)

だからこそ主イエスは、ご自身を「輝く明けの明星」と呼ばれるのです(ヨハネの黙示録 22:16)。
太陽に先立って昇る星です。

携挙は、明けの明星の出来事です。

3. 患難が展開します——しかし教会はここにいません。

聖書ははっきりと語ります。

「神は、わたしたちを怒りにあわせるように定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによって救を得るように定められたのである。」
テサロニケ人への第一の手紙 5:9 (口語訳)

七年の患難時代は、こう呼ばれています。
「御怒りの大いなる日」
ヨハネの黙示録 6:17 (口語訳)

あなたが受けるはずの怒りは、十字架でキリストが引き受けてくださいました。
同じ怒りを、あなたが二度受けることはありません。

4. 主イエスは「義の太陽」としてイスラエルのために帰って来られます。

「わが名を恐れるあなたがたには、義の太陽がのぼり、その翼には、いやす力を備えている。」
マラキ書 4:2 (口語訳)

太陽が昇るのは、明けの明星のです。

携挙は教会のために。
再臨はイスラエルのために。
この二つは、別々の出来事です。

5. 神はさばきの前に、必ず正しい者を取り分けられます。

ノアのときも、そうなさいました。
ロトのときも、そうなさいました。
教会にも、そうしてくださいます。

携挙は、恐れを告げる知らせではありません。
それは贖いの完成です。
あなたの救いが、ついにあなたの体にまで届く瞬間なのです。


未来は、耐え忍ぶためのものではありません。待ち望むためのものです。
いちばん暗い章が始まるその前に、主イエスはあなたを迎えに来てくださるからです。