終わりの時は、いま

「終わりの時」と聞くと、憶測の種か、あるいは恐れの種として受け止める人が少なくありません。けれども主イエスは、この時代を見分けるための、はっきりと目に見えるしるしを与えてくださいました。戦争、戦争のうわさ、大きな地震、そして世界規模の疫病。主が挙げられたのは、まさに私たちが今日、日々の報道で目にしているものばかりです。
これらのしるしは、神が人を傷つけるために送られるものではありません。堕落した世界の姿であり、悪がなお働いていることのあらわれです。そして私たちは、その証拠を今の時代のただ中に見ています。たとえば、マグニチュード7.0を超える地震の頻度は、過去の数世紀と比べて、この二十年で著しく増えています。
さらに聖書は、エルサレムの回復と、ユダヤの民が自らの地へ帰ることを預言していました。それは1948年に現実となり、ヨハネの黙示録に描かれた出来事の前提となる一つが整えられたのです。かつては到底ありえないと思われた預言も、今では技術がその成就を可能にしています。エルサレムで起こる一つの出来事を、全世界が同時に目にする——そんなことさえ、もはや絵空事ではありません。
しかし、これらのしるしを知る目的は、不安をかき立てることではありません。主イエスはご自分に従う者たちに、はっきりと「あわててはいけない」と告げられました。しるしは警告であると同時に、思い起こさせるものなのです。今のこの仕組みは一時のものであり、やがて来る変化——携挙——が近づいている、と。
預言が与えられたのは、あなたが未来を言い当てるためではなく、今この時に心を奪われてしまわないためです。
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