イエスは、死に対する私たちの見方を根本から変える、一つの区別を語られました。

マルタに向かって語られたとき、主はありふれた慰めの言葉をかけられたのではありません。二つの異なる信者の群れについて、はっきりとした預言をお与えになったのです。

「イエスは彼女に言われた、『わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか』」 ヨハネによる福音書 11:25-26 (口語訳)

二つの区分に、どうか目を留めてください。

  1. 「たとい死んでも生きる」 これは、キリストの再臨の前に世を去る信者に与えられた よみがえり の約束です。肉体は眠っていても、霊においては今このときも主と共に生きており、その体は主の来られる日に起き上がります。

  2. 「生きていてわたしを信じる者は、いつまでも死なない」 これは の約束です。ある特定の世代——肉体の死を経験することのない、携挙の世代を指しています。

私たちが待ち望んでいるのは (ハルパゾー) ἁρπάζω ——「奪い取る、さらい上げる」という出来事です。

この語は、ただの神学用語ではありません。力ずくで捕らえること、危険の只中から一気に引き抜くことを意味します。パウロはこれを語り、初代教会はこれを心待ちにしていました。

イエスは、死んだ者にとってはよみがえりであり、生きている者にとっては命です。私たちは、墓をまるごと通り越す可能性を与えられた世代なのです。時の終わりに起こる復活だけを見上げているのではありません。

私たちが待ち望むのは、時を断ち切って訪れる、主イエスご自身の命です。