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検索語: “ヨハネの第一の手紙 4:17”

7件の記事が見つかりました

自信のない自分に、聖書は何と言うか

ギデオンは酒ぶねの中に身を隠していました。モーセは「どうか、ほかの人を」と神に願いました。エレミヤは「わたしはまだ若い」と言いました。神に召された三人。そのだれもが、自分こそこの務めにふさわしくない人間だと思い込んでいたのです。 自信のなさは、現代に生まれた病ではありません。SNSや人事評価とともにやって来たものでもありません。それは堕落のときから人と共にありました。アダムとエバが神を避けて身を隠...

アガペーとは何か — 条件をつけない神の愛

ギリシア語には、愛を表す言葉が四つあります。日本語には、ひとつしかありません。このささやかな違いが、歴史上のどんな神学論争にも劣らないほど、神についての誤解を生んできました。 夫が妻に「愛している」と言い、その同じ口で「ピザが大好きだ」と言う。日本語はどちらも同じ棚に並べてしまいます。ギリシア語はそうしません。ギリシア語には、神の愛だけを指す言葉があるのです。あまりに独特なので、初代のクリスチャン...

復活の主という鏡

わたしたちには癖があります。自分の人生を——その痛み、その失敗、その限界を——じっと見つめて、それを動かしようのない最終の現実として受け入れてしまう癖です。 けれども聖書は、別の鏡を差し出します。自分から目を離して、イエスを見なさい、と。しかも、ガリラヤの岸辺を歩かれた日のイエスだけではありません。今この瞬間のイエス——天に上げられ、栄光を受け、父の右に座しておられるそのお姿を見なさい、と招かれて...

あなたの未来は守られている

あなたの未来が確かなのは、救いがあなたにではなく、キリストに支えられているからです。 人の努力の上に立つ希望は、もろいものです。けれども感謝なことに、信じる者は恐れではなく喜びをもって、先を見つめることができます。 パウロはこう書いています。 「神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる」ローマ人への手紙 5:2 (口語訳) おののくのではなく、喜ぶ。ぐらつく不安ではなく、確かな望み。 なぜでしょう...

キリストにあるあなたは誰か——恵みが定めた30の真実

人は一生をかけて「何者か」になろうとします。けれども福音は、あなたはすでにそうなのだ、と告げます。 救われたとき、あなたが受け取ったのは課題ではありません。新しい身分です。神は「ふさわしい者になりなさい」と、やるべきことの一覧を手渡されたのではありません。あなたをキリストのうちに置き、「すべては終った」と言われたのです。 問題は、多くの信じる者がなお古い身分から生きていることです。すでに受け入れら...

神はもう、あなたを採点していません

多くの人は、神をこんなふうに思い描くのではないでしょうか。答案に赤を入れる先生のように、こちらの思いを、失敗を、出来ばえを、一つひとつ採点しておられる方だと。 けれども、聖書はこう告げます。 「あなたがたはすでに死んだものであって、あなたがたのいのちは、キリストと共に神のうちに隠されているのである。」コロサイ人への手紙 3:3 (口語訳) 隠されています。覆われています。代表されています。 父なる...

神はイエスを通してあなたを見ておられます

神は、あなたの実績によってあなたに関わるのではありません。キリストの実績によって、あなたに関わってくださいます。 パウロはこう書いています。 「あなたがたは、愛されたそのお方のうちで、受け入れられています。」エペソ人への手紙 1:6 (NKJV より私訳) 受け入れられている——しぶしぶ大目に見られているのではありません。ここで「受け入れられた」と訳される語は (エカリトーセン) ἐχαρίτωσ...