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繁栄は何のためか
「繁栄」という言葉を聞くと、どこか落ち着かない気持ちになる人は少なくありません。強欲さや自分本位、あるいは上っ面だけの教えを思い浮かべてしまうからです。その警戒心のあまり、神の約束を霊的な領域だけに閉じ込めてしまう。神は霊において豊かにしてくださる、そこまでは信じられる。けれども、からだの健康や日々の必要については、どこか自信が持てないままなのです。 しかし使徒ヨハネは、愛する信徒たちのために、は...
検索語: “宣教”
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「繁栄」という言葉を聞くと、どこか落ち着かない気持ちになる人は少なくありません。強欲さや自分本位、あるいは上っ面だけの教えを思い浮かべてしまうからです。その警戒心のあまり、神の約束を霊的な領域だけに閉じ込めてしまう。神は霊において豊かにしてくださる、そこまでは信じられる。けれども、からだの健康や日々の必要については、どこか自信が持てないままなのです。 しかし使徒ヨハネは、愛する信徒たちのために、は...
聖書が何と言っているかを知ることと、聖書がだれに向かって語っているかを知ることとは、別のことです。 主イエスは、その働きの初めに、弟子たちを遣わすにあたって、はっきりとした指示をお与えになりました。 「異邦人の道に行くな。またサマリヤ人の町にはいるな。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところに行け」 マタイによる福音書 10:5-6 (口語訳) もし、この主ご自身のことばを、そのまま今日のわたし...
わたしたちはしばしば、目に見えるもので働きを測ります。規模、活動の多さ、人目につくかどうか。けれども聖書は、外に現れた姿がすべてを語ることはない、と告げます。 サムエルはエリアブを見て、心を動かされました。けれども神は、そうではありませんでした。 「人は外の顔かたちを見、主は心を見る」サムエル記上 16:7 (口語訳) 神の見極めは、枝からではなく、根から始まります。 しかし、聖書はもう一つの真実...
使徒たちは福音のために死んだのであって、道徳的な主義主張のために死んだのではありません。 殉教者が命を捧げるのは、より良いふるまいのためではありません。より良い知らせのためです。 使徒行伝4章で、当局が使徒たちを脅したのは、彼らが道徳を説いたからではありません。彼らが、こう宣べ伝えたからです。 「この人による以外に救はない」 使徒行伝 4:12 (口語訳) 初代教会が迫害されたのは、倫理を語ったか...
私たちは旧約聖書を読むとき、これは昔の農耕の知恵だと、つい脇に置いてしまいます。 たとえば申命記 25:4。「脱穀をする牛に、くつこを掛けてはならない」申命記 25:4 (口語訳)。「くつこ」とは、家畜が餌を食べないように口に掛ける籠のことです。 いかにも、家畜をいたわりなさいという規則に聞こえます。事実、そのとおりです。けれども使徒パウロは、神がここで教会の報酬についての原則を立てておられるのだ...