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検索語: “惜しみなく与えること”

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繁栄は何のためか

「繁栄」という言葉を聞くと、どこか落ち着かない気持ちになる人は少なくありません。強欲さや自分本位、あるいは上っ面だけの教えを思い浮かべてしまうからです。その警戒心のあまり、神の約束を霊的な領域だけに閉じ込めてしまう。神は霊において豊かにしてくださる、そこまでは信じられる。けれども、からだの健康や日々の必要については、どこか自信が持てないままなのです。 しかし使徒ヨハネは、愛する信徒たちのために、は...

十分の一は、律法より先にありました

ひとりの人が、自分の持ち物すべての十分の一を、ひとりの祭司に手渡しました。モーセの律法が与えられる四百年以上も前のことです。命令もなく、義務もなく、神殿もありません。あるのはただ、自分を救い出してくださった神への、感謝のこたえだけでした。 その人がアブラハム。そして祭司がメルキゼデクです。 十分の一をめぐる話は、たいてい義務から始まります。「ささげるべきですか」「ささげなければ神に罰せられますか」...

与える心は反射です

求められることと、応えること。この二つのあいだには、深い隔たりがあります。 ルカによる福音書18章に、ひとりの金持ちの役人が登場します。品行方正で、非の打ちどころがなく、それでいて心は落ち着きません。彼は尋ねます。「何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」と。 イエスは彼に律法をお示しになります。戒めを指し示されます。青年は、それらをみな守ってきたと言い切ります。そこでイエスは、彼が神よりも愛し...