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検索語: 洞察

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セラ——立ち止まるという技

聖書は七十四回、ある言葉をさしはさみます。節の終わりに、たいていは括弧のなかに、ぽつりと置かれています。多くの人は脚注のように見て、そのまま通り過ぎてしまいます。けれども、もしその小さな一語が、聖書のなかで最も実践的な勧めだとしたら、どうでしょうか。 その言葉が「セラ」です。 詩篇に七十一回、ハバクク書に三回。ほかの書には一度も出てきません。預言者も説明せず、使徒も定義しません。それでいて、この語...

聖書を読んでも見えないとき

啓示は、自動的に与えられるものではありません。それは、関係の中で与えられるものです。 聖書を読んでいるのに、何も見えてこない。パウロは、その理由をこう語ります。 「おおいが彼らの心にかかっている。」 コリント人への第二の手紙 3:15 (口語訳) 目ではありません。心です。 そして、そのおおいは、読み方の工夫で取れるものではありません。気のきいた発見でもなく、信仰の成熟でもありません。 パウロはこ...

知恵は、時を買い戻す富

私たちは、失敗を避け、重圧を振り切り、「正しい」選択をしようとして、ずいぶんな力を使います。けれども、もっと良い道があります。 「あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は……神に願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう」ヤコブの手紙 1:5 (口語訳) 知恵とは、頭の良さではありません。神によって形づくられた洞察です。誤った戦い、誤った関わり、誤った約束に足を踏み入れずに済...