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創世記五章に隠された福音

創世記五章は、名前と数字が並ぶだけの、そっけない一覧のように見えます。アダムからノアまで、十の世代が記されているだけの章です。多くの読者は、洪水の物語に早く進みたくて、ここを読み飛ばしてしまいます。 けれども神は、この系図の中に一つのメッセージを隠しておられました。 ヘブライ語 (ʿivrit) עִבְרִית — 「ヘブライ語」では、名前そのものが意味を持っています。この十人の父祖たちの名を、...

なぜ彼は、だれよりも長く生きたのか

エノクは三百年のあいだ、神とともに歩みました。その歩みは、ぼんやりとした信心ではありません。ひとつの具体的な啓示から始まったものでした。 エノクが六十五歳のとき、ひとりの男の子が生まれます。神はその子を、メトセラと名づけるようにと告げられました。 「エノクは六十五歳になって、メトセラを生んだ。エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。」 創世記 5:21-22 (口語...

聖書が語る恐れ — 自由にする七つの真理

医者はパニック発作に薬を処方できます。カウンセラーは、思考の枠組みを組み替える術を教えてくれます。けれども聖書は、そのどちらにもできないことをします。恐れがどこから来たのか、だれがそれを打ち破ったのか、そしてなぜそれがもはやあなたの人生に立ち入る権利を持たないのかを、はっきり告げるのです。 恐れは、神が聖書の中で最も繰り返し語られた主題です。「恐れるな」という言葉は、聖書に三百六十五回以上出てきま...

セラ——立ち止まるという技

聖書は七十四回、ある言葉をさしはさみます。節の終わりに、たいていは括弧のなかに、ぽつりと置かれています。多くの人は脚注のように見て、そのまま通り過ぎてしまいます。けれども、もしその小さな一語が、聖書のなかで最も実践的な勧めだとしたら、どうでしょうか。 その言葉が「セラ」です。 詩篇に七十一回、ハバクク書に三回。ほかの書には一度も出てきません。預言者も説明せず、使徒も定義しません。それでいて、この語...

系図に隠された福音

多くの人は、聖書の系図を読み飛ばします。見慣れない古い名前が延々と並ぶのを見て、情報の「ブラックホール」のように感じるのです。冗長で、味気ないもの、と。けれども御国には、無駄な言葉というものが一つもありません。 創世記五章を開くと、アダムからノアまでの名前が並んでいます。表面だけを見れば、生まれた、生んだ、死んだ、という記録にすぎません。ところが、そのヘブライ語の名前の意味をたどっていくと、そこに...

うつと聖書——あなたは信仰の失格者ではありません

火曜日、エリヤは天から火を呼び下ろしました。その翌日には、木の下に座り込み、神に「もう死なせてください」と願ったのです。 これは信仰の弱さの物語ではありません。生身の体を持ち、限界を抱えた、ひとりの本物の預言者の物語です。聖書はその一部始終を書き残しました——エリヤに恥をかかせるためではなく、神の民が底を打ったとき、神が何をなさるかを見せるためです。 神は説教をなさいません。みことばを投げつけて叱...