系図に隠された福音

多くの人は、聖書の系図を読み飛ばします。見慣れない古い名前が延々と並ぶのを見て、情報の「ブラックホール」のように感じるのです。冗長で、味気ないもの、と。けれども御国には、無駄な言葉というものが一つもありません。
創世記五章を開くと、アダムからノアまでの名前が並んでいます。表面だけを見れば、生まれた、生んだ、死んだ、という記録にすぎません。ところが、そのヘブライ語の名前の意味をたどっていくと、そこに隠されていた一つの愛の物語が立ち上がってきます。
- アダム:人
- セツ:定められた
- エノス:弱い者、死すべき者
- ケナン:悲しみ
- マハラレル:(Mahalalel) מַהֲלַלְאֵל — 「祝福された神」
- ヤレド:(Yared) יֶרֶד — 「下って来られる」
- エノク:教え
- メトセラ:彼の死がもたらす
- レメク:力ある
- ノア:安息
この順のまま読んでみてください。一つの文章になります。人は死すべき悲しみに定められた。しかし祝福された神が下って来られ、教えを与えられる。その死が、力ある安息をもたらす。
洪水よりもはるか前に、神は人の平安のための計画をすでに立てておられました。人が正しく歩み出すのを待つのではなく、イエスの約束そのものを、人の歴史の流れの中に織り込まれたのです。
神の忍耐は、私たちの想像をはるかに超えています。ひとりの男の子に「メトセラ」——「彼が死ぬとき、それ(さばき)が来る」——という名を与え、しかもその子を、歴史上もっとも長く生きた人とされました。神は待っておられたのです。私たちが向きを変え、備えられた安息へ帰って来ることを願いながら。
**物語は、あなたが生まれるはるか前に書かれていました。そしてそれは、まるごとあなたのために書かれたのです。**
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