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神はわたしに失望しているのか
また、やってしまいました。そのとき真っ先に心をよぎったのは、失敗そのもののことではありませんでした。神のことでした。「きっと、神はわたしに失望しておられる」。 この一言は、信じる者なら誰しも、どこかの時点で胸の奥に抱えるものです。無神論者の堂々とした反論でもなく、神学者の議論でもありません。声に出さず、ひとりでしまい込んでおく恐れ——自分を救ってくださったその神が、今は自分を見て首を横に振っておら...
検索語: “愆祭”
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また、やってしまいました。そのとき真っ先に心をよぎったのは、失敗そのもののことではありませんでした。神のことでした。「きっと、神はわたしに失望しておられる」。 この一言は、信じる者なら誰しも、どこかの時点で胸の奥に抱えるものです。無神論者の堂々とした反論でもなく、神学者の議論でもありません。声に出さず、ひとりでしまい込んでおく恐れ——自分を救ってくださったその神が、今は自分を見て首を横に振っておら...
旧約聖書に、一つの供え物があります。(アシャム) אָשָׁם — 「とが(罪過)のための供え物」。口語訳では「愆祭(けんさい)」と訳されている語です。 それは、赦しだけを扱う供え物ではありませんでした。償い——損なったものを全額返し、さらに五分の一を加えることまで求められたのです(レビ記 6:5)。 神がそう定められたのは、もっと大きなことを指し示すためでした。イエスは、あなたの罪責をただ負われ...