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悪魔が省いた一語
ヨルダン川で、父なる神がイエスを「わたしの愛する子」と呼ばれた、そのすぐあとのことでした。イエスは荒野に導かれ、悪魔が試みるために近づいてきます。表向きは、飢えのこと、力のことのように見えます。けれども戦いの芯にあったのは、「あなたは何者か」という問いでした。 悪魔が使った言葉を、よく見てみてください。 「すると試みる者がきて言った、『もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じ...
検索語: “霊の戦い”
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ヨルダン川で、父なる神がイエスを「わたしの愛する子」と呼ばれた、そのすぐあとのことでした。イエスは荒野に導かれ、悪魔が試みるために近づいてきます。表向きは、飢えのこと、力のことのように見えます。けれども戦いの芯にあったのは、「あなたは何者か」という問いでした。 悪魔が使った言葉を、よく見てみてください。 「すると試みる者がきて言った、『もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じ...
主イエスは、エマオの途上の弟子たちに、道徳や努力の話をなさいませんでした。もっと深いところに語りかけられました。 「ああ、愚かで心のにぶいため、預言者たちが説いたすべての事を信じられない者たちよ」 ルカによる福音書 24:25 (口語訳) 指摘は二つ。そして、それは今も変わりません。 愚かさ — 頭の出来が足りなかったからではありません。すでに手にしていた聖書を、彼ら自身が分かっていなかったからで...
わたしたちは、悪魔をあまりに買いかぶりがちです。こちらの思いも、これからの歩みも、神が自分のために備えておられる具体的な計画も、すべて見透かされていると思い込んでしまいます。 そんなことはありません。 敵は神の対極に立つ存在ではありません。神は全知のお方です。けれども敵は、ただ観察しているにすぎません。あなたのことを知るために、あなたを見ているほかないのです。 この構図は、エデンの園で始まりました...
苦しい季節の只中にいると、それが永遠に続くように思えます。痛みや不安の中では、時間はいつもより重く、ゆっくりと流れていきます。 けれども聖書は、時について、まったく別の見方を差し出します。 エペソ人への手紙で、パウロは霊の戦いについてこう語ります。 「それだから、悪しき日にあたって、よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、堅く立ちうるために、神の武具を身につけなさい。」 エペソ人への手紙 6:13 (口語訳...