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検索語: 誘惑

7件の記事が見つかりました

その「ノー」が、あなたを深くする

ヨセフは十七歳で夢を見ることができました。けれども夢を解き明かせるようになったのは、誘惑を退けた後のことです。 夢を見ることは、賜物です。解き明かすことは、成熟です。 ヨセフは若い日に幻を見ました。けれども、その意味は分かっていませんでした。ポテパルの妻に「いいえ」と言ったとき——誘惑が彼を試したその後で——聖書は初めて、彼が夢を解き明かす姿を記します。 「ヨセフは彼らに言った、『解き明かしは神に...

アガペーとは何か — 条件をつけない神の愛

ギリシア語には、愛を表す言葉が四つあります。日本語には、ひとつしかありません。このささやかな違いが、歴史上のどんな神学論争にも劣らないほど、神についての誤解を生んできました。 夫が妻に「愛している」と言い、その同じ口で「ピザが大好きだ」と言う。日本語はどちらも同じ棚に並べてしまいます。ギリシア語はそうしません。ギリシア語には、神の愛だけを指す言葉があるのです。あまりに独特なので、初代のクリスチャン...

「いいえ」の隠れた報い

誘惑に「いいえ」と言うことが、霊的な識別力を育てます。 誘惑は、ただの試験ではありません。それは訓練です。 あなたが口にする一つひとつの「いいえ」が、内側に場所を刻みます。澄んだまなざしのための場所、力のための場所、知恵のための場所を。 ヨセフが夢を解く力を得たのは、宮殿ではありません。牢獄でした。 聖書は、その理由をこう示します。 「試錬を耐え忍ぶ人は、さいわいである」 ヤコブの手紙 1:12...

悪魔が省いた一語

ヨルダン川で、父なる神がイエスを「わたしの愛する子」と呼ばれた、そのすぐあとのことでした。イエスは荒野に導かれ、悪魔が試みるために近づいてきます。表向きは、飢えのこと、力のことのように見えます。けれども戦いの芯にあったのは、「あなたは何者か」という問いでした。 悪魔が使った言葉を、よく見てみてください。 「すると試みる者がきて言った、『もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じ...

律法の下ではなく、恵みの下に

律法は、何をすべきかを告げます。恵みは、何がすでに成し遂げられたかを告げます。一方はあなたから取り立て、もう一方はあなたに供給します。そして聖書は、わたしたちが今どちらの下に生きているのかを、少しもあいまいにしていません。 ローマ人への手紙6章14節を耳にしたことのある方は多いでしょう。けれども、その一節が何を宣言しているのかに立ち止まった方は、そう多くありません。パウロは「律法と恵みのつり合いを...

ダビデが開かなかった部屋

私たちの心には、できれば閉じたままにしておきたい部屋があります。触れられたくない、名前をつけられたくない、覗かれたくない場所です。 ダビデもまた、それを知っていました。 彼はほとんどすべてを神のもとへ携えていきました。恐れも、怒りも、受けた不当な仕打ちも、失望も、混乱も、そしていちばん暗い感情までも。 「主よ、いつまでなのですか。とこしえにわたしをお忘れになるのですか。」詩篇 13:1 (口語訳)...

もう力まなくていい――聖書が語る安息

神はすべてのわざを終え、造られたものをことごとく見渡し、それから思いがけないことをなさいました。休まれたのです。疲れたからではありません。すべてが完成したからです。 このひとつの出来事――第七日の安息――が、聖書に記されたあらゆる平安の約束、供給の約束、守りの約束の土台になりました。それなのに、多くの信仰者は今も、安息を「余裕のある人にだけ許された贅沢」のように扱っています。 聖書は安息を付け足し...