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変える力は恵みから
まことのきよさは、努力ではなく、福音を信じるところから流れ出ます。 福音を抜きにしてきよくあろうとするのは、空気のないところで息をしようとするようなものです。本来そうであるはずのなかった苦しい格闘に、変わってしまいます。 パウロは、その源がどこにあるかを、まぎれもない言葉で示します。 「あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだ...
検索語: “きよさ”
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まことのきよさは、努力ではなく、福音を信じるところから流れ出ます。 福音を抜きにしてきよくあろうとするのは、空気のないところで息をしようとするようなものです。本来そうであるはずのなかった苦しい格闘に、変わってしまいます。 パウロは、その源がどこにあるかを、まぎれもない言葉で示します。 「あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだ...
きよさには、イメージの問題があります。 私たちはいつのまにか、きよさを「自分は他人より正しい」という態度と結びつけてしまいました。冷ややかで、人と距離を置き、裁くまなざし。高い台の上に立って、世を見下ろしている姿を思い浮かべるのです。 けれども、それはきよさではありません。高ぶりです。 ヘブライ語で「聖なる」は (カドーシュ) קָדוֹשׁ — 「選び分けられた、他と分けられた、聖なる」。ギリシ...
福音は心をきよめます。 人は、外側から内側へと自分を変えようとします。けれども神は、内側から外側へと私たちを変えてくださいます。 習慣を洗い直し、ふるまいを整え、衝動を抑えることはできます。けれども、きよさが始まるのは、福音だけが届く場所――心です。 聖書は、実に簡潔です。 「信仰によって彼らの心をきよめ」使徒行伝 15:9 (NKJV より私訳) 福音は、ただ赦すだけではありません。きよめます。...
福音は、道徳的なすばらしさを自然に生み出します。 道徳的なすばらしさは、製造されるものではありません。育てられるものです。 枝をきつく握りしめても、実はなりません。実がなるのは、根が養われるからです。 主イエスは、こう言われました。 「良い木が悪い実をならせることはない」 マタイによる福音書 7:18 (口語訳) 良い実は、努力から生まれるのではありません。つながりから生まれるのです。 福音が心に...
ヨセフは、十戒のない時代に神の臨在を生きました。 律法があるより先に、交わりがありました。神が「姦淫してはならない」と語られるよりも前に、ヨセフはすでに、神がかたわらに立っておられるかのように歩んでいたのです。 彼の言葉が、そのすべてを語っています。 「どうしてわたしはこの大きな悪をおこなって、神に罪を犯すことができましょうか」 創世記 39:9 (口語訳) 石の板はありません。戒めの言葉もありま...
金で舗装された道、と聞けば壮麗に響きます。けれども、よくよく考えれば、それはただの舗装です。地上で私たちが追いかけてやまないものが、天ではただの床材なのです。これは神の、やわらかな問いかけなのかもしれません。あなたが追っているのは、敷石ですか。それとも、その方ご自身ですか。 境遇の成功は、きらめきます。人となりの成功は、造り変えます。 多くの人は、目に見えるものを追います。利益、喝采、次の節目。け...