検索結果

検索語: 聖書通読

3件の記事が見つかりました

顕微鏡の朝、望遠鏡の朝

聖書には、誠実な読み方が二つあります。ところが多くの人は、そのうちの片方しか持ち合わせていません。 ひとつは、近くを見る読み方です。一つの節を選び、そこにとどまります。朝に読み、昼にもう一度それを転がしてみる。何年も素通りしていた一語に、ふと目が留まる。 「このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。」 詩篇 1:2 (口語訳) これが顕微鏡の読み方です。距離を稼ぐのではありませ...

み言葉は、まず食べる

エレミヤは重圧の中を生きた人でした。国は崩れていき、友は背を向けました。その只中で彼は、自分を立たせ続けた唯一のものを語っています。 「あなたのみ言葉が見いだされたとき、わたしはそれを食べました。あなたのみ言葉は、わたしにとって心の喜び、心の楽しみとなりました。万軍の神、主よ、わたしはあなたの名をもって呼ばれている者です。」 エレミヤ書 15:16 (NKJV より私訳) エレミヤは「あなたのみ言...

怒りの根にある飢え

お腹がすくと、人は不機嫌になります。それは誰もが知っている体の道理です。ところが、たましいの飢えとなると、私たちはなかなか気づきません。慢性的な怒り、気分の落ち込み、漠然とした不安に苦しむ人は多いのですが、その原因が、霊を飢えさせたままにしていることにある場合は少なくありません。 その飢えを、娯楽や SNS や食べもので満たそうとします。けれども、どれも効きません。心は空いたままです。 エレミヤは...