わたしたちの多くは、感情こそが自分の一番深いところにある本当の姿だと思って生きています。

けれども、これを覚えておいてください。

あなたはです。
あなたはたましい(思いと感情)を持っています。
あなたはからだに住んでいます。

パウロはこう書いています。

「あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って、わたしたちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのない者にして下さるように。」
テサロニケ人への第一の手紙 5:23 (口語訳)

ここで「心」と訳されている語は、(プシュケー) ψυχή —「たましい、思いと感情」であり、「霊」と訳されている語は、(プネウマ) πνεῦμα —「霊」です。手元の聖書で、この三つの並びをぜひ確かめてみてください。

つまり、あなたの感情は確かに本物です。
けれども、それはあなた自身ではありません
感情はたましいの一部であって、存在の中心ではないのです。

このことが、すべてを変えます。

感情があなたの正体でないのなら、
感情に従う義理もありません。
衝動が起こるたびに頭を下げることも、
恐れが走るたびにうろたえることも、
欲望の波が来るたびに押し流されることも、もういらないのです。

キリストにあって生かされたあなたの霊は、その日その日の気分よりも強いのです。

「わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。」
ガラテヤ人への手紙 5:16 (口語訳)

感情に振り回されるのを拒むことは、冷たさではありません。
それは、欠けのない者として立つということです。

感情は大きな声で叫びますが、真実を語るのはあなたの霊です。