手のひらに収まる一冊の本が、あなたの人生にとっての「造り主の取扱説明書」になります。

そこには答えがあります。けれども、それ以上に力あるものが収められています。いのちです。

聖書は、聖書そのものについてこう語ります。「神の霊感を受けて書かれたものであって」。ギリシア語では、これはたった一つの言葉で言い表されています。(theopneustos) θεόπνευστος — 「神が息を吹き込んだ」

神がアダムに息を吹き入れ、アダムが生きた者となったように、神はこのページを通して今も息を吹いておられます。

ですから、聖書を読むとき、あなたはただ情報を処理しているのではありません。神の息そのものを吸い込んでいるのです。箴言四章は、この言葉が「これを得る者の命であり、またその全身を健やかにする」と約束しています。

ノートを一冊用意してください。メモのアプリでもかまいません。書き留めて、自分のものにしてください。注解書や配信されるデボーションに頼りきりにならないでください。主と過ごすひとときの中で受け取った気づきを自分の手で書きとめるとき、あなたは、神がまさにあなたの状況にいのちを吹き込んでくださった瞬間を記録しているのです。

何年か後、試練の中に立たされたとき、その手書きの数行は、どんな立派な注解の言葉よりも大きな声であなたに語りかけます。

「わが子よ、わたしの言葉に心をとめ……それは、これを得る者の命であり、またその全身を健やかにするからである。」 箴言 4:20-22 (口語訳)

本を読むだけで終わらせず、そこに満ちているいのちを深く吸い込んでください。