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守るだけでは、忠実ではありません
わたしたちはしばしば、安全に守ることを忠実さと取り違えます。 ミナのたとえでは、ある身分の高い人が、王位を受けるために遠い国へ旅立ちます。出かける前に、僕たちに金を預け、はっきりとした言いつけを残しました。 「わたしが帰って来るまで、これで商売をしなさい」 ルカによる福音書 19:13 (口語訳) 帰ってきた主人は、僕たちを一人ずつ確かめます。最初の僕は、一ミナを十ミナにしていました。主人はこれを...
検索語: “投資”
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わたしたちはしばしば、安全に守ることを忠実さと取り違えます。 ミナのたとえでは、ある身分の高い人が、王位を受けるために遠い国へ旅立ちます。出かける前に、僕たちに金を預け、はっきりとした言いつけを残しました。 「わたしが帰って来るまで、これで商売をしなさい」 ルカによる福音書 19:13 (口語訳) 帰ってきた主人は、僕たちを一人ずつ確かめます。最初の僕は、一ミナを十ミナにしていました。主人はこれを...
世は、逃げ道を探すことを教えます。景気が冷え込むと、人はまず手早い満足へと走ります。「すぐに勝てる話」を探し、「いちばん早く回収できる投資」を探すのです。つまり、足はエジプトへ向かいます。 聖書において、エジプトは世の理屈の体系を表します。人の力と、目に見える資源の上に築かれた仕組みです。けれども飢饉のただ中で、神がイサクに告げられたのは、まったく別のことでした。 「エジプトへ下ってはならない。わ...
私たちは旧約聖書を読むとき、これは昔の農耕の知恵だと、つい脇に置いてしまいます。 たとえば申命記 25:4。「脱穀をする牛に、くつこを掛けてはならない」申命記 25:4 (口語訳)。「くつこ」とは、家畜が餌を食べないように口に掛ける籠のことです。 いかにも、家畜をいたわりなさいという規則に聞こえます。事実、そのとおりです。けれども使徒パウロは、神がここで教会の報酬についての原則を立てておられるのだ...
自分のための繁栄と、務めのための繁栄。この二つの間には、はっきりとした違いがあります。 繁栄という言葉は、しばしば欲深さや放縦と結びつけられ、評判がよくありません。けれども聖書において富とは、神との契約に基づく務めを果たすための道具なのです。 エジプトのヨセフを思い起こしてみましょう。パロは夢を見ました。七頭の肥えた雌牛と、七頭のやせた雌牛の夢です。神はヨセフにその解き明かしを与えられました。七年...