一人の農夫が畑を歩きながら、手で種をまいていきます。そのいくらかは、畑の端の踏み固められた道に落ちます。彼がその列をまき終えないうちに、鳥が舞い降りてきて、それを食べてしまいます。その道には、ひと季節のあいだ何ひとつ芽を出しません。

主イエスは種まきの譬の中で、この光景を用いられました。そして弟子たちに、その鳥が何者であるかを明かされます。

「だれでも御国の言を聞いて悟らないならば、悪い者がきて、その人の心にまかれたものを奪いとって行く。道ばたにまかれたものというのは、そういう人のことである。」 マタイによる福音書 13:19 (口語訳)

マルコは、もう一つの細部を書き留めています。

「道ばたに御言がまかれたとは、こういう人たちのことである。すなわち、御言を聞くと、すぐにサタンがきて、彼らの中にまかれた御言を、奪って行くのである。」 マルコによる福音書 4:15 (口語訳)

サタンは「すぐに」来るのです。種が芽を出すのを待ってはくれません。

ヨハネによる福音書 10:10 の順序

主イエスは別の箇所でも、敵の働きについて語っておられます。

「盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしがきたのは、羊に命を得させ、豊かに得させるためである。」 ヨハネによる福音書 10:10 (口語訳)

この順序には意味があります。まず盗み、次に殺し、そして滅ぼす。では、彼は何を盗むのでしょうか。

多くの人は、健康だと考えるでしょう。あるいは結婚生活。あるいは、かつては祈っていたのに、今では聖書を棚に置いたままにしている息子。そうした喪失は身を切られるようにつらく、決して絵空事ではありません。けれども譬は、敵が最初に狙うものを示しています。彼が奪いに来るのは、御言なのです。

なぜ御言が最初なのか

主イエスはこの譬を、ただ一文で解き明かされます。

「この譬の意味はこうである。種は神の言である。」 ルカによる福音書 8:11 (口語訳)

神があなたの人生に育てたいと願っておられるものは、みな、この種から育ちます。いやしは、いやしについて神が語られたことから育ちます。揺るがない結婚は、愛と契約について神が語られたことから育ちます。日々の必要の満たしは、満たしについての神の約束から育ちます。収穫は、いつも種から生まれるのです。

悪魔はそれをよく知っています。あなたの体を、次に家庭を、次に蓄えを、一つずつ攻める必要などありません。あなたの心から御言を取り去ってしまえば、実を結ぶもとは何も残らないからです。力は種の中にある。だから彼は種を狙うのです。

古代の農村を襲う略奪者を思い浮かべてください。彼は夏に、畑を一枚焼き払うこともできます。あるいは冬に、種もみの蔵を空にすることもできます。後者の襲撃は、一年のあいだすべての畑を台無しにします。しかも、二度と足を運ぶ必要がありません。

ルカは、この盗みの裏にある理由を記しています。

「道ばたにあるのは、聞いたのち、信じることも救われることもないように、悪魔によってその心から御言が奪い取られる人たちのことである。」 ルカによる福音書 8:12 (口語訳)

「信じることも救われることもないように」。敵は、御言がひとたび根を下ろしたら何が起こるかを恐れているのです。マタイが「奪いとって行く」と記した動詞は、(ハルパゼイ) ἁρπάζει — 「ひったくる、力ずくで奪い取る」です。盗人が素早くつかみ去るのは、ぐずぐずしていたら何が起こるかを恐れているからです。

敵の手が届かないところ

この盗みには限りがあります。マタイは、敵が御言を奪うのは「悟らない」人からだと言います。鳥が食べたのは、固い道の表面に転がっていた種でした。良い地に落ちた種を掘り出したわけではありません。

「また、良い地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである。」 マタイによる福音書 13:23 (口語訳)

腑に落ちた御言は、土の下に収まっています。敵はもう、それを表からついばむことができません。ですから、御言を開いてくださるよう神に願ってください。一節をゆっくりと読んでください。それが何を意味するのか、そこから主イエスについて何が見えてくるのかを、問いかけてみてください。

実を見る前に、種を確かめる

人生の何かがしおれ始めると、私たちの多くは、しおれたものだけに目を向けます。健康のどこが悪いのか、家庭のどこがおかしいのか、と。けれども、まず別の問いを立ててみてください。御言はどこへ行ったのか。神はこの領域について何と語られたのか。そして私は、今もそれを抱いているだろうか、と。

もし失われているなら、取り戻してください。その必要について神が語っておられる箇所を、聖書で開いてください。悟るまで読んでください。ペテロは、あなたが受け取っている種がどのようなものかを語っています。

「あなたがたが新たに生れたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変ることのない生ける御言によったのである。」 ペテロの第一の手紙 1:23 (口語訳)

敵は、御言から育つものを欲しがっています。だから御言そのものを奪うのです。あなたがそれを悟っているなら、彼が拾い上げられるものは何ひとつ残りません。

神の言という種を奪えるなら、敵はあなたの収穫にまで手を出す必要がありません。