労苦か、供給か

この世は「一番でなければ意味がない」「速いほうが勝ち」という仕組みで動いています。急がなければ機会を失う、と世はささやきます。誰もあなたを守ってはくれないから、自分の身は自分で守れ、と教えます。これがこの世の霊です。その土台にあるのは、骨の折れる労苦と、絶え間ない緊張です。
けれども、それとはまったく別の仕組みが与えられています。聖書は、わたしたちが神の霊を受けたのは、すでに与えられているものを悟るためだと言います。神がすでに備えると決めてくださったものを、追いかけて走り回る必要はありません。
自分の肉の力に頼るとき、行き着く先は疲れ果てた心です。主の恵みに頼るとき、そこに益と平安が生まれます。神は、益を得る道を教えてくださる師です。歩むべき道へと、心地よい小道を通って導いてくださいます。扉を開けてくださるのが神であるなら、誰かを追い抜く必要はどこにもありません。
努力には限りがありますが、置かれるべき場所での安息には、尽きることのない供給があります。
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