教会は建物ではなく、家族です

聖書が「教会」と言うとき、そこで語られているのは、壁でも、壇でも、座席の数でもありません。
そこで用いられているギリシア語は (エクレーシア) ἐκκλησία — 「呼び出された者たち」。恵みによって一つの家族へと集められた、人々のことを指しています。
主イエスは言われました。
マタイによる福音書 16:18 (口語訳)
主が語っておられたのは、建築のことではありません。
心のことでした。
あらゆる民族、あらゆる国、あらゆる生い立ちの中から、暗やみの中から引き出されたたましいのことでした。
これこそ、父なる神の思い描いておられたもの——
制度ではなく、
家族です。
教会をそのように見つめるとき、心のどこかがふっとやわらぎます。
自分は何かに「出席している」のではなく……
ある方に「属している」のだと気づくからです。
教会は、そこへ通うことをやめ、自分がそれであると生き始めた瞬間に、美しくなります。
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