多くの人が、もっと平安がほしい、もっと恵みを受けたいと願います。そして人の本能は、決まってこう尋ねます。「そのために、何をすればいいのか」と。

増やしたいなら、もっと努力するほかない——私たちはそう思い込んでいます。もっと自分を律し、もっと奉仕し、もっと時間を注ぐ。けれども聖書は、成長についてまったく別の道筋を示します。

「神とわたしたちの主イエスとを知ることによって、恵みと平安とが、あなたがたに豊かに加わるように。」
ペテロの第二の手紙 1:2 (口語訳)

恵みと平安が増し加わるのは、主を知ることにおいてです。

ここで「知識」と訳されている語は (epignōsis) ἐπίγνωσις — 「正確で、確かで、経験を伴う知識」です。

主についての事柄をただ蓄えることではありません。主をありのままに、正しく知ることです。そして、何が増し加わるのかを見てください。平安です。

これにあたるヘブライ語は (shalom) שָׁלוֹם — 「全きこと、健やかさ、恵まれた状態、そして平和」です。

シャロームとは、ふと立ち上がったときに、ああ、すべては大丈夫だ、と分かるあの感覚です。欠けのない安らかさ、といってもよいでしょう。聖書が約束しているのは、この安らかさが、もっと働くことによってではなく、もっと見ることによって増し加わる、ということです。

実りを増やしたいなら、労苦を増やすのではありません。主イエスを見つめるまなざしを、もっと澄ませることです。