恵みが先に来ます。栄光はそのあとに従います。
神が語られる物語は、いつもこの順序です。

放蕩息子が家に持ち帰れたものは、飢えだけでした。
けれども、用意してきた詫びの言葉を言い終える前に、父は最上の着物で彼を覆い、指に指輪をはめ、足にくつをはかせたのです。

「最上の着物を出してきてこの子に着せ」
ルカによる福音書 15:22 (口語訳)

これが恵みです。

パウロも、同じことを語っています。

「義とした者たちには更に栄光を与えられたのである」
ローマ人への手紙 8:30 (口語訳)

義とされる——それが恵みです。
栄光を与えられる——それが、恵みの行き着く先です。

私たちはしばしば赦しのところで足を止め、それで話は終わったと思いこみます。
けれども神は、私たちを戸口に立たせたままにしておくおつもりなど、はじめからありませんでした。
着物を着せ、もとの座に戻し、神の美しさが私たちのうちに見えてくる生涯へと導いてくださるのです。

神の定められた住まいさえ、それを指し示しています。幕屋は恵みを語り、神殿は栄光を語ります。
恵みが私たちを内へ招き入れ、栄光はそこで育っていくものです。

あなたの物語は、「受け入れられた」で終わりません。
「輝く者」へ、「かけがえのない者」へと進んでいきます。

恵みを受け取れば受け取るほど、栄光はおのずとあなたの生涯に立ちのぼっていきます。

恵みはあなたを救うだけではありません。輝き方を、少しずつ教えてくださるのです。