神は家賃のことも心にかけておられます

神が関心をお持ちなのは、わたしたちの霊的な手入れだけ——祈りの生活、礼拝への出席、道徳的な立ち位置だけ。そんな誤解があります。わたしたちはいつのまにか、「信心」と日々の暮らしとを別々の棚に置いてしまうのです。
けれども神は、あなたの人生を「霊的なこと」と「世俗のこと」に仕分けたりなさいません。神が目を向けておられるのは、あなたという人間まるごとです。
神は、いのちにかかわるすべてのものを与えてくださいました。ここには二つの語が並んでいます。(zōē) ζωή —「いのち、生きること」、そして (eusebeia) εὐσέβεια —「信心、敬虔」。口語訳もこの二つを訳し分けていますから、お手元の聖書で確かめてみてください。
そこには、体の健康が含まれます。日々の備えが含まれます。家族の間柄も、身の安全も含まれます。生きることにかかわるものであれば、神の力はすでにそれを備えてくださっているのです。
もう一度、つながりに目を留めてください。これらはみな、その方を知る知識によって与えられます。
神を「信心」の領域だけに閉じ込めるとき、わたしたちはその御手の広さを見失います。神はあなたの魂を救ってくださっただけではありません。あなたのいのちそのものを確かなものとしてくださったのです。祈りを支えるその同じ供給が、請求書を払うためにも、体をいやすためにも、今日あなたに差し出されています。
暮らしの現実に手の届かない、半分だけの福音で満足しないでください。
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